2019/01/01

あけましし2019











A  Domo  IEHARA  Desu.


Kotoshi  Wa  Nenga-jo  Wo

Dasenakute  Sumimasen  Deshita.




あ、どうも家原です。

いきなり流暢な英語で挨拶してしまい、

誠にご堪忍さまでございます。



今年は亥(いのしし)どし。



 みじくも

 ストラダムスの

 ろいうなじが

 ョーロンポー





2019年、亥どし。


ボアーねぇ、

ちょっとっ(猪突)だけでも

いいのしし、

うりぼうさんになりすぎないよう、

ぬたうちまわって

心のぼたんをはずしたいと思いのしし。




山より大きな猪(いのしし)は出ぬ、

と、言いいますとおり。

お猪口(ちょこ)にだけはならぬよう、

猪武者でまっすぐ向き合い、

イノシシン酸たっぷりで

ヌクレ落ち度のないように

がんばろうと思いのしし。






ということではございますが。

今年もどうぞよろしく

お願いモウしあげましし。






かつて三大旨味成分のひとつと呼ばれた男 家原謹賀新年利明


2018/12/26

金田と鉄雄と、ぼくとおっか
















AKIRAと出会ったのは、

中学1年の冬休み、

1月4日のことだった。



AKIRA。



ここでいうAKIRAとは、

男前パフォーマーのことでも、

ものまね四天王と呼ばれる人の話でもなく。

大友克洋氏の作品の『AKIRA』のことである。






先日、映画『AKIRA』を観た。


もう、かれこれ30回以上は観ているだろうか。



かつてVHSビデオだったそれも、

いまではDVDに変わり、

ブラウン管から液晶へ、

さらにはプロジェクター爆音方式へと

移り変わっても。


『AKIRA』自体に、変化はない。


それでも。



どうしたものか、

ときどき『AKIRA』が観たくなる。




『俺用に改良したバイクだ。
 ピーキーすぎてお前にゃあ無理だよ』





空前のアニメとして

映画化されたマンガ、AKIRA。


詳しい情報は、

世の人々がきちんとしてくれているので

割愛させていただくこととして。







AKIRAの物語。



原作、映画ともに、

おもしろいか、と聞かれると、

いつもこう答えている。


「どうかなあ。自分は好きだけどね」



そしていつも、思い出す。



自分が「鉄雄」だった、あのころを。



自分のなかに眠る「鉄雄」が、

出口を求めて迷走していたあのころ、

「おっか」とすごした、あのころを。






★ ★





『無理もねェ。
 陽の目を見るのは
 何十年振りだもンな・・・・』






ぼくがAKIRAと出会った

その日付まで克明に記憶しているのは、

ちょうどその年の元旦から

日記をつけはじめたからである。



途中2度ほど

中断したことはあったが。

30年あまり経った今日まで、

日記はつづいている。





日記元年。


元旦から4日経った昼下がり。

お年玉を懐中に忍ばせた家原少年は、

国道沿いの書店「ミスター・ブックマン」へ向かった。



画集や写真集、専門書や入門書、

華やかな人気マンガがならぶ本棚を

ざっと巡回したあと、

ふと足を止め、足元の、

やや目立たない棚の前に身を屈めた。



『AKIRA』



黄色、青、オレンジ、紫。

厚さといい、大きさといい、

もはやそれは、電話帳だった。



『AKIRA1』
『AKIRA2』
『AKIRA3』
『AKIRA4』



見たこともないような大きさのマンガ本が、

ただひっそりと、

静かな魔力を放ってならんでいる。



背表紙には、

英字で書かれた『AKIRA』の文字。

書体がすごくかっこいい。



黄、青、オレンジ、紫、と、

本の天と地、小口に色がついている。

その色は、

こともあろうに、

各巻ごとに変わっているのだ。


いまでこそ、

そんな仕様もめずらしくないかもしれないが。

当時のマンガとしては、

驚きの連続の装丁だった。




なぜか高鳴る胸に、

息を殺しつつ、

黄色いAKIRA1巻に手を伸ばす。

ふだん手にしているマンガよりずっしりと重く、

それだけで何か、特別な気がした。


そっとめくった表紙の、

その裏からこぼれてきたものは、

アメコミ風で極彩色の、

勢いのある構図と、

かっこいい絵柄だった。



いままでに見たことのない、

そんな画だった。




お客さんの姿のほとんどない、

ミスター・ブックマンのかたすみで。


ぼくは、自分の心臓の音が

こぼれ落ちているんじゃないかと心配になり、

あたりをふり返った。



店内の風景は、

至って変わらず、ごく平和的な、

1月4日の風景だった。





ぼくは、本を買うときに、

立ち読みはしないほうだった。


これだ、と思うと、

すぐに決めてしまう、あわってんぼうだ。


本や映画などは、

きちんと読みはじめるまで、

できればいっさい「物語」にはふれたくない。


だから、マンガや書籍の中身を見るときは、

最初の1、2ページ以外、

およそ意味をなさないように、

ぱらぱらと断片的に見る。


さながら「予告編」のような感じで、

ぱらぱらとページをめくっていく。










そんなふうにして見た、

『AKIRA』の「予告編」。



すごい。

なんだ、これは。

うわ、すごい。

すごすぎる。


いけないものを見てしまったような。


興奮。

そしてなぜか、

静かに狼狽(ろうばい)。


黄色い1巻の値段はちょうど1,000円。

棚の中には、あと3冊。

合計4冊。


ぼくは、

すぐにお年玉の中身をたしかめた。


弾は、充分にある。


青い2巻は880円、

オレンジ色の3巻は880円、

紫色の4巻は1,000円。


ふだん手にする360円や380円の単行本と比べると、

破格の値段ではあったが。

画集や全巻セットの値段としては、

うなずける範囲だ。


紫色の4巻を手に取り、

おそるおそる、最後のページを見てみる。



完結なのか、否か。



この確認が、いちばん怖い。

あやまって結末を見ようものなら

すべておしまいだからだ。



どうやらこの『AKIRA』なる物語、

まだつづくらしい。

が、


「次回、堂々完結!!」


との予告。



「よし」



いったい、何の「よし」かはわからないが、

おそらくそのときのぼくは、

小さく声に出してそう言ったにちがいない。



重たい『AKIRA』4冊を腕(かいな)に、

生まれたての赤子のように抱えながら、

レジへと向かう。


メガネをかけた、

かっぷくのいい店員の男性。

ミスター・ブックマンでは、

この男性以外、お店の人の姿を見たことがなかった。


お会計の3,760円は、

先ほど本棚の前で

お年玉袋から財布に移したお札で支払った。


重たく、分厚いAKIRA4冊。


店員さんの顔がいつもよりやさしく、

逆光のせいか、神々しく見えた。




重く分厚いAKIRAのつまった袋を

自転車の前かごに入れて、

ふらふらしながらも慎重に、

そしていつもよりすこし速いスピードで

家まで帰った。





★ ★ ★





『ずっといっしょだったんだ・・・
 養護施設にいたころから。
 あいつのことなら何でも知ってる。
 ドジで、いつもみんなに泣かされてた』




小学校時代から、

何をするのもいっしょで、

何でもいっしょにたのしんできた親友「おっか」。



おっかと出会ったのは、

幼稚園の、年長のころ。


引っ越して転入した短期大学付属幼稚園で、

おっかとおなじ「ふじぐみ」になった。



初めての「対面」。


それは、外で遊ぶ時間に、

飛行機型の遊具の操縦席に

ひとり座っていたときだった。


操縦桿(かん)ならぬ、

円形のハンドルをぐるぐる回しながら、

あてなく空想の旅に出ていると、

突然、眼下から声がした。



「そこはともくんのせきだ。
 おりろ! ね、ともくん」



ともくんと呼ばれたほうは、

何も言わなかった。


それが、おっかだった。



「はやく、おりろ!」



もうひとりがいきり立つ。


ぼくは、何の感情も抱かず、

その座をゆずった。



怒りも悲しみもなかったが、

2対1とはずるいやつだな、と思ったのが、

そのときの印象だった。




そんな「おっか」と、小学校で再会した。


小学3年生で

クラスがいっしょになったのだ。



初対面から一転。


そこから一気に仲よくなり、

毎日遊ぶようになった。




おっかとは、

ひとつのお菓子をふたりで半分こするように、

おたがいの文化や時間を共有してきた。


ほかの誰よりも仲がよく、

ほかの誰よりもいちばん気が合った。



仮面ライダー、特撮、ガレージキット、

バック転の練習、サッカー、BMX、

マンガ、図工クラブ、

お絵描き、火遊び、映画の撮影、宮沢りえ・・・。



おっかとは、学校内、部活、

学校外でもいつもいっしょだった。

キャンプなどにもいっしょに行った。





中学に入ると、サッカー部がなかったので、

おっかやほかの友人たちと話し合って、

バレーボール部に入った。



「1日練習を休むと3日遅れる」


そんな座右の監督が率いるバレーボール部は、

年間の休みが5日くらいで、

朝は6時から練習があり、

夜は遅いと9時を回ることもあった。



ごくたまに、

日曜日の午後が「休み」だったり、

少し早めに終わったり。

そんなときは、

買い物や遊びに興じるのだが。


小学生のころに比べると、

格段に遊ぶ時間が少なくなった。


絵を描いたり、音楽を聴いたり、

本を読んだり、ゲームをしたり。


友人たちとすごせないときは、

早朝や深夜、

わずかばかりの寸暇を惜しむがごとく、

ひとりの時間をたのしんだ。




中学になっても変わらず、

おっかとは、

部活の最中、部活が終わった帰り道、

練習の合間の余暇の時間など、

いつもいっしょにすごしていた。




ちまたのみんなが、

サルの尻尾の生えた少年が7つのボールを集める物語や、

もっこりした二枚目が自分の撃った的(まと)の孔(あな)に

きれいにまた弾を通したりする物語に夢中になっているとき。

ぼくは、大東京帝国を舞台にした物語、

『AKIRA』に夢中になっていた。



これまで自分が読んできたマンガとちがい、

AKIRAのマンガには、

よみがな(ルビ)がふられていなかった。


「貰ったァ」


という台詞が読めなくて。


「とった? ひろった?
 うーん、何たァだろう・・・」


などと辞書を調べたりもした。


むずかしい漢字や、

聞いたことのない言葉。


そんな「知らない世界」は、

中学生のぼくを充分くすぐる魅力があった。





5巻の発売を待つあいだに、

4巻までのAKIRAを何度も読み返し、

大友克洋先生のほかの作品、

『童夢』をはじめ、

『ショート・ピース』や『さよならにっぽん』など、

手に入るすべてのマンガを買い集めた。


こういう「マニアックな」本は、

ミスター・ブックマンになければ、

駅前の日本書房という書店のかたすみに、

人知れず置いてあることが多かった。



当時は情報も手段も少なく、

探しまわるか注文するかくらいしか術がなかった時代で、

あわてんぼうのぼくは、

注文ではなくいつも、探しまわるほうを選んでいた。


おかげでいつしか、

探し上手の見つけ上手になった気がする。










冬休みに出会った『AKIRA』。



ぼくは、AKIRAのことを、

親友であるおっかに話した。



すぐさまおっかも、

AKIRAを買い、読んで、夢中になった。



部活のあいまの遊びのひとつに、

AKIRAの絵を描いたりすることが、

あたらしく加わった。



春がきて、夏になり。


AKIRAの映画が、公開された。



AKIRAと出会ってから、

映画公開までの間が1年にも満たないなんて。

思い返しても不可思議なくらい、

記憶と事実と感覚のつじつまが合わない。


出会ってからの数カ月、

ぼくは、AKIRAに夢中になり、

実質以上の密度で時間をすごしていたのだと思う。



そんなことは、よくある。



いまにして思い返しても、

どこにそんな「時間」があったのかと思うくらい、

いろいろなことに夢中になり、

いろいろなことをやった気がする。




8月。


その日がくるのを

いまかいまかと待ちわびて。



おっかといっしょに、

映画館へAKIRAを観に行った。


おっかのほかに、

バレー部の友人たち数人がいっしょだった。



原作とはちがっていたが。

映画は映画で、すばらしかった。


AKIRAの絵が、動いていた。


音楽、映像。


すごくかっこよかった。




いまだから告白します。



梅田の紀伊国屋書店の近くに貼ってあった

AKIRAの映画ポスターを剥がして持って帰ったのは、

中学2年のぼくの仕業です。


あと、

映画製作のために中断していた

AKIRAの連載が再開する告知の

メタリックでキラキラだった

ヤングマガジンの電車の中吊り広告を

降り際にさっと引き抜いて持って帰ったのも、

たしかにぼくの仕業です。


ごめんなちゃい。




あまり雑誌を定期購読しない質ではあったが。

AKIRAの連載が再開される、ということで、

当時、隔週発売だったヤングマガジンを

定期購買するようになった。


まともに定期購読するのは、

学研の科学と学習以来のことかもしれなかった。


ヤングマガジンの発売が、

隔週から毎週になっても。

AKIRAだけは、

隔週号の連載だった。


ぼくは、そんな「わがまま」なAKIRAのことが好きだった。

なんだかそれも特別な気がして、

いいと思った。




誕生日のプレゼントで、

父親にAKIRAのビデオを買ってもらった。


当時の映画ビデオは、

1万円前後の代物で、

なかなか手が出せなかった。


手が出せなかったので頭を下げて、

父上におねだりしたのだ。



ビデオ購入の特典(おまけ)のひとつとして、

小さなフィルムがついてきた。

映画の一場面を切り取ったフィルムだった。



ぼくのは、エレベーターに乗っている大西ドクターだった。

おっかのは、鉄雄だった。



すごくうらやましかった。



なんでドクターのなんかを入れるんだ。

誰がこれを欲しがるのか。



当時のぼくは、はずれに等しいおまけを手に、

ずいぶん歯噛みしたものだった。






★ ★ ★ ★





『もうよせ鉄雄、殺す気か?


『そうだよ殺すんだよォ、アタマを割ってぇ』


『いい加減にしろ!
 もとはと言えば、お前が勝手に
 人のバイクを乗り回したのが悪いんだ。
 もうやめろ』


『うるさぁぁぁい! 俺に命令すンなァァ』


『心配してたんだぞ・・・』


『どうしていつも助けに来るんだ・・・
 俺ひとりだってやれたんだ!
 そりゃたしかに、あんときゃあやられたさ。
 でも俺だっていつまでもやられてんじゃねぇんだよォ、
 分かったかよ!』






AKIRAと出会ってから、

3回目の春がきた。




中学3年にもなると、

背も伸び、文化も容姿も変わってくる。


そんなころだったか。


おっかが、バレー部を辞めてしまった。



あまりにさみしくて、

受け入れがたいことだった。


女々しいぼくは、

しばらくおっかと口を利かなかったくらい、

ショックなことだった。



部活をやめてしまったおっかとは、

物理的にも、実質的にも、

いっしょにすごす時間が減ってしまった。



気づくと別々の時間を多くすごすようになっていた。



会うたびに、

おっかの知らない部分がふえていた。


部活や生活が忙しくなり、

やがて顔を合わせる機会が減っていった。




すこしばかりさみしく感じてはいたが。

そのときは何も考えず、

ただただ目の前の日常のことで必死だった。




そしてあっというまに、

時間は過ぎていった。



卒業。



高校生になり、

おたがい別々の進路に進んで。


AKIRAの連載が終了し、

5巻で完結の予定が6巻まで刊行された。



高校卒業後、

おっかは芸大に行き、

自分は専門学校へ行った。



映画『AKIRA』のビデオは、

そのときですでに15回くらいは

観ていたはずだ。



スケボーをはじめて、

AKIRAの絵柄の板も使っていた。


「傷だらけで絵が消えたら、
 もったいなくない?」


と、友人に言われるまで、

しばらくその板を使っていた。











どんなときに観るのか。

規則性も法則もなかったと思うが。


DVDなどない時代、

それこそ画像がすり切れるくらい、

AKIRAのビデオを、

何度も何度もくり返し観た。





『どうしたよォ、揉め事か?』


『ああ。でも、もう済んだんだ。
 もう少し早けりゃあ、見れたのにな』


『俺はまた心配しちまったぜェ。
 またベソかいて泣いてんじゃねぇかと思ってよォ』


『金田、おめぇが目ざわりだったんだよォ・・・
 ガキのころから、何をするのもお前が指図しやがる。
 いつも子供扱いだ。どこにでも出てきてボス面しやがる!』


『お前もボスになったんだろ、
 この瓦礫(がれき)の山で』


『金田ァー!』


「サンをつけろよ、デコスケ野郎ォ!』




18、19、20。


10代が終わってもまだ、

AKIRAのことは、ずっと好きだった。






★ ★ ★ ★ ★





『アキラの力は、誰の中にも存在するわ。
 ・・・でも、その力が目覚めたとき、
 たとえその準備ができていなくても、
 その人は使い方を選択しなくてはならないの』






AKIRAの物語の骨となっているのは、

ひとことで言うと、

幼なじみの「対立」だ。


その「けんか」が、

やがて世界じゅうを巻き込んで展開される。


AKIRAの登場人物である、

金田と鉄雄。


光と闇。


「健康優良不良少年」VS「力を手に入れたジャンキー」。


正義感と劣等感。


ずいぶん乱暴な説明だが、

それがAKIRAの物語の主軸をなしている。






あまりにAKIRAが好きすぎて、

名前がアキラならよかったのに、と思ってみたり。

手のひらに数字(ナンバー)の入墨を入れようかと思ってみたり。



当時のぼくは、鉄雄が好きだった。

その好きは、憧れに近かった。



赤いマントを羽織って、髪を逆立てて。

いっそのこと右手を機械にしてしまおうか。


そんなふうに思ってみたかと思えば、

糸に釣った五円硬貨を

手を使わずに動かすべく、

じっとにらみつけたまま、

貴重なお休みの半日を灰にしてみたり。



ヒールというのか、

ダークヒーローというのか。

中学生のぼくには、

悪役の象徴である鉄雄の姿がまぶしくて、

つよいシンパシーで惹かれていた。




島 鉄雄。

金田率いる暴走グループのメンバーのひとり。


幼なじみの金田とは、養護施設で知り合った。

施設に入ってきたばかりの鉄雄を、

団地のいじめっこがいやがらせするのだが、

金田が助けに入って、

取られたおもちゃを取り返す。


それが、ふたりの出会いだった。



金田とは、

小さなときから何をするのもいっしょだった。


大人しく、引っ込み思案。

いじめられっこ気質の鉄雄は、

いつも金田のことをうらやみ、憧れていた。




対する金田(正太郎)は、

「健康優良不良少年」を自称する

チームのリーダーである。


行動力も求心力もあり、

前向きで、明るいばか。


とにかく「かっこいい」。


衣服やバイクの赤色が似合う、

まさにリーダータイプの人物だ。




当時のぼくは、金田ではなく、

鉄雄が好きだった。



当時のぼくに、

金田は、まぶしすぎた。



影も闇もなく、まっすぐで、

何をやってもさまになる金田の姿は、

まぶしすぎて直視できない、

太陽みたいな存在に感じていた。











小学校のころ、

ぼくは、おっかのことを、

金田のように見ていた。


ぼくの姿は、鉄雄そのものだった。



赤い服を着て、赤い手袋をはめて。

赤い靴を履いたおっかは、

ぼくの憧れだった。


赤は、ぼくの色じゃない。

おっかの色だ。


当たり前のようにそう思っていたぼくは、

ジーンズやカーキ色を好んで着ていた。

靴は、青かグリーンか黒。

小学4年のころ、

初めて買ったコンバースのハイカットは、

黒色だった。


ただ、自転車だけは、

途中で赤色になった。


おっかが青色のBMXを乗りつづけていたので、

買い替えのとき、ぼくは赤色のBMXを買った。




ぼくが赤で、おっかが青。

赤と青、2台のBMXで、

土手や採掘現場を飛んだり跳ねたり、

ふたりでいっしょに走り回った。




小学校のころは、

何をやるのもおっかが主役で目立っていて、

いつも光を浴びていた。


かくいうぼくも、

目立たないほうではなかったが。

自分から進んで

目立つ位置には立ちたくなかった。


自分から前に出ることが、

ひどく恥ずかしかった。



映画の撮影のときでも、

美術や脚本は自分がやって、


主役はおっか。

ぼくはその相手役(敵役)だった。



当時のぼくは、

目立ちたいというより、

自分がやりたいことを

自分がやりたいようにやっていたいだけだった。


それでも、

華々しく派手な主役の座に立つおっかへの憧れは、

影のようにひっそりと

ぼくの心に息づいていた。



堂々と、

主役然としてふるまえる、

おっかのことがうらやましかった。



スポットライトではなく、

陽の当たる、主役への憧れ。




小学校時代のぼくを端から見ると、

おそらく「金田っぽく」も見えただろう。



自分で言うのも図々しいが、

運動ができ、勉強も多少はできるほうで、

おもしろいことを言ってみんなを笑わせていた。

ありがたいことに、

クラスの人気投票などでは上位に入り、

2月になるとチョコもいくらかもらえた。



けれども。



心の中にはいつも「鉄雄」がいた。

自分は「金田」ではなく、

目の前にいるおっかが「金田」に見えた。






AKIRAの映画の中で、

少年時代の金田と鉄雄が道路に寝そべって、

落書きをしている場面がある。


ロボットや怪獣などを、

地面いっぱいに大きく

のびのびと描いている金田。


対する鉄雄は、

人物や花を、

かぼそい線で遠慮がちに描いている。



繊細で、気弱で、

人目を気にする鉄雄。


雄々しく、剛胆で、

向こう見ずな金田。



小学生のころのぼくは、

まさしく「鉄雄」だった。




『いつも俺の前を走ってやがった・・・』




気弱な鉄雄が、

いつしか「力」を手に入れて、

不安定な自我を解放させる。



暴走する鉄雄。



制止する金田と、やがては対立、対決に至る。



環境や肉体、精神の変化。



それはまるで、

中学に入って変わりゆく、

自分の姿のようだった。








★ ★ ★ ★ ★ ★








『月などはいかがでしょうか・・・・』



『どうなっちまったんだよォ 鉄雄ォ』



『・・・あのとき・・
 友達になろうと思ったんだ・・・』











おっかとは、

高校時代に再会する機会があり、

みんなで遊んだあと、

夜中までかかって砂場に裸婦像をつくった。




次に会ったのは成人式で、

式のあと、おっかは、

大学の仲間のもとに行かなくちゃいけない、と、

後ろ髪を引かれながら去って行った。




その次に会ったのは、

バレー部の仲間の結婚式。

そのときは、なつかしい顔に再会できた。


二次会だったか。

おっかが別の友人に、こう言った。



「またどうせ、いえくんの真似だろう」



いえくん、というのは、

小中学時代のぼくのあだ名である。



おっかの、その口ぶりには、

ぼくに対する憧憬(どうけい)のようなものが感じられた。



自意識過剰と言われれば、

身もふたもない話だが。



たしかにおっかは、

直接ぼくにも賞賛の言葉を口にした。



ほんの些細なほめ言葉。



けれどもその声には、

小中学時代には感じられなかった

熱がこもっていた。



別の場で、

ほかの友人たちに聞いた話からも、

おっかがぼくに対する敬いの気持ちが

じわりと伝わってきた。





そのころ、おっかは、

プロスノーボーダーとして世界を回り、

その名を馳せていた。

雑誌にマンガも連載していた。



誰よりも主人公で、

誰よりも「金田」であるおっかは、

いつでもぼくの前をひた走っていた。




そんなおっかが口にした賞賛。



うれしかった。


すおなにすごくうれしかった。







そこからさらに年月が経ち。




携帯電話を持たないぼくは、

東京の、公衆電話から電話をかけた。


おっかに連絡したくて、

別の友人の携帯電話に何度か連絡したのだけれど、

あいにくつながらず、

しかたなくあきらめて数日を過ごした。


日を改めても、

電話はつながらなかった。






そこからまた年月が経ち。




地元で展覧会を開催した。


おかげでなつかしい顔ぶれに会うことができた。



それをきかっけに、

地元の同級生たちと再会する場に

恵まれるようになった。





ときに、

おっかのことが、

話題にのぼった。



どうしてるんだろう。


会いたいな、と思った。





ある年の師走。


おっかのマンガが、

第72回ちばてつや賞に入選したとの

報せが届いた。



メールの情報に従って、

さっそく作品を読んでみた。




うれしかった。




まだマンガ、描いてるんだ。

こんな絵が描けるんだ。

すごいな。

こんな話が描けるんだ。

すごいな。


そうか。

おっかにも、

いろいろあったんだな・・・。




マンガを読み終えて。



ただただうれしくて、

正直、胸が熱くなった。





かつてのくやしさ、

劣等感は影をひそめ、

すなおに感動する自分。



そこにはもう「鉄雄」はいなかった。




『乗りたいか、鉄雄』



『ほしけりゃな、オマエもでかいの分捕りな』





ぼくはいまだ

何者でもないけれど。


鉄雄でもなければ、金田でもない。


ぼくはぼくで、

おっかはおっかなのだ。




そして思う。



ぼくだけでなく、

誰の中にも「鉄雄」は存在するのだと。



かつて「金田」に見えたおっかの中にも、

「鉄雄」は存在していたのかもしれない。



ほかの何ものかに対して「金田」を感じ、

自分の中の「鉄雄」を育んだ瞬間があるかもしれない。




もしかして。



おっかから見ると、

ぼくのほうが「金田」に見えた、

そんな瞬間があったかもしれない。




「鉄雄」は、誰の中にも存在しうる。




たとえ人からどう見えていても、

自分のことは、自分がいちばん知っている。




『ぼくは、鉄雄・・・・』





AKIRAを観ると、思い出す。



自分が「鉄雄」だった、あのころを。



自分のなかに眠る「鉄雄」が、

出口を求めて迷走していたあのころ、

「おっか」とすごした、あのころを。






ぼくは、あのころの、

鉄雄だったころの自分を忘れない。






いま、赤色を好んでいる動機が、

鉄雄の赤いマントのような、

「あこがれの象徴」の追従でないことを祈りつつ。



かつての鉄雄は今日もまた、

赤い自転車にまたがって、

幻の大東京帝国へと出かけるのでした。







< 今日の言葉 >


「ピヨリヨ」


(それを聞くたびくすくす笑う生徒に対して、
 「.(ピリオド)」の正しい発音だと主張する英語教師。
 正義(正論)が必ずしも正しく、
 すっきりと納得できるとも限らないという事例)