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2010/02/16

熱々のスープをこぼす人




「変なボタンを押す人」(2010)





『熱いスープをこぼす人と、
 熱いスープをかぶる人』


前にも書いたかもしれないけれど。

ぼくの思い違いじゃなければ、
ドイツのことわざで、
こんなようなものがあるらしい。


これをやったら大変だ、ということを、
ベタにやってしまう人と、
そういう「惨事」に巻き込まれてしまう人との関係性。

相手によって、
主客の関係が入れ替わることもあるけれど。

いうなればSとMのような、
そんな関係図は、日常でよく見受けられる。


たとえば、すぐに人を怒らせる人。

なぜいまそれをやるのかと問いたくなるようなことを
絶妙なタイミングでやってのけて、
人の気持ちを逆立てる名人がいたりする。


知り合いで、
中身の入った缶コーヒをぶつけられた人がいる。
どうしてそんなことになったのか、と聞いたところ、


「・・・なんだったかな。忘れました。
 たぶん、調子に乗ってたんだと思います」


という返事が返ってきた。

そんな「大事件」の、決定的な理由を忘れるなんて。

そんな事言ってるから
中身の入った缶コーヒーをぶつけらちゃうんだよ、と。
そう言わずにはいられなかった。


逆に言えば、そういう相手に
まんまと感情を荒立ててしまう人もいるということだ。


こんな女の子がいた。

好きな人に、見せちゃいけない部分、
できれば見せたくない部分を見せてしまう女の子。

よりによって好きな相手に、だ。


ちょっとデリケートゾーンにふれる話もあるけれど。
事実だから、そのまま話したい。

好きな人と、まだ、微妙な時期に。
彼女はその相手に「いろいろ」見せてきた。

ひとつは、他人の家で風呂に入ったとき。
生理中だった彼女は、
使用済みのナプキンを
どこに置いたらいいのか分からず、
いったん脱衣所のすみに置いた。

風呂に入り終え、
着替えたりしているうちに、
彼女はすっかりそのことを忘れてしまっていた。

次に風呂場へ入った彼は、
床のすみに貼りつけられている「それ」を見つけ、
こう叫んだ。

「なんかホームベースみたいなのがある〜っ!」

1塁ベースでもなく、
2塁ベースでも3塁ベースでもなく。

床のすみに貼りついたそれが、
彼には赤く染まったホームベースに見えたという。


その1カ月後。
またしても彼は、目撃した。

便器の中、
血のついたトイレットペーパーを。

再び彼は、
こう叫んだ。

「赤い紙があっ!!」

流し忘れた、真っ赤なトイレットペーパー。

その1カ月後に、
彼はまたもやそれと出会うことになる。

三たび訪れた、赤い衝撃。
2度目の赤いトイレットペーパー。

彼女いわく、

「こんなこと、いままでなかったのに・・・」

よりによって、好きな相手の前で、だ。


この話で思い出したのが、
先述のドイツのことわざ、

「熱いスープをこぼす人と、
 熱いスープをかぶる人」

だった。


ほかにも彼女は、
見せるつもりのなかった
洗濯物の下着をぽろりと落したり、
隠したつもりのパンツをぽろりと落したり。

はたで聞くと、
わざと「見せてる」んじゃないかと
思えるような業(わざ)を
数々やってのけている。


彼女は言う。

「こんなはずじゃないのに・・・」


よりによって、好きな相手に、だ。


彼女はまた、
変なものを食べて気分が悪くなったことがある。

介抱したのは彼だった。
吐き気をもよおしはじめた彼女に、
あわてて彼はビニール袋を探した。

スーパーのビニール袋を、
彼女の口元に当てる。

波打つ背中と、嗚咽(おえつ)を漏らす喉。
が、なかなか吐くにはいたらない。

何十分か、それとも数時間か。
彼は彼女の口元にビニール袋を添えたまま、
彼女の背中をさすりつづけた。

そして、彼女は吐いた。

ビニール袋の中へとまっすぐに、勢いよく。

つごう2回、2袋。
彼女は先ほど食べたばかりの中身を
ビニール袋の中にぶちまけた。

すっきりした彼女を見て、
彼は思ったそうだ。

「なんか、感動した」

彼はなぜか、
ウミガメの産卵シーンを思い出し、
得体の知れない感動を覚えたという。


彼女はまた、こうつぶいやいた。

「こんなこと、いままで1回もなかった」

よりによって、好きな相手の前で、だ。


そんな彼女は、
仲よくなりはじめた彼と、
電化製品売場でスピーカーを見ていた。

真剣にスピーカーを吟味する彼。
横であれこれ助言する彼女。

と、何やら彼は、
異変に気づいてはたと止まった。

もしや、という思いから、
半信半疑、おそるおそる彼女に顔を向け、
彼がゆっくり口を開いた。


「屁、こいた?」


彼女はまっすぐ彼の目を見たまま、
こくりと小さくうなずいた。


「出ちゃった」


スピーカー売場で出た、
音のない、おなら。

スピーカーを手にした彼は、
音のない、匂いだけのおならをかいだ。

音のない、おなら。
よりによってスピーカー売場で、だ。

であればせめて、
いいサウンドを聴かせてほしかったと

そんなことを思ったかどうかは、
知るよしもないが。


熱々のスープをこぼす人と、
熱々のスープをかぶる人。

いったいどっちがいいのかは分からないけれど。

指をくわえて見ているだけの傍観者よりは、
こぼしたりかぶったりするほうが、
たのしそうな気が、しないでもない。


< 今日の言葉 >

「富士山7合目出身の魑魅(ちみ)でーす」

「太平洋200海里出身の魍魎(もうりょう)でーす」

「ふたり合わせて、魑魅魍魎でーす」

(魑魅&魍魎のあいさつ/
 古い『イエハラ・ノート』の落書きより)