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2010/02/03

ヨーグルト気分






先日、河畔のとある公園で、
トランポリンを見つけた。

このトランポリン。

体操競技などでよく目にする
平面的なトランポリンではなく、
こんもりとした山のようなトランポリンなのだ。


高低差のある小高い丘がいくつか連なる形で、
30〜40メートル四方ほどの敷地に
ででーんと広がっている。

なだらかな傾斜とこんもりした山。
この「山」が、真っ白だからまたおもしろい。

どうやらこのトランポリン、
白い、分厚いテント地のシートに、
中から空気を送り込んでふくらませているようだ。


見つけた瞬間、
いても立ってもいられなくなり、
その真っ白なトランポリンに向かって走った。

白い、小高い山の連なるトランポリン。
靴ひもをほどくのもまどろっこしく、
脱いだ靴を投げ捨てるようにして「山」に登った。


跳ねた。


飛んだ。


ものすごく高く跳んだ。


景色が下に見えた。

空が、少し近づいた。


跳んだまま空中で静止したように思えるほど、
高く跳べることがあった。

腕、脚、腹筋、背筋。

全身を使って体を飛び上がらせる。
スケボーの「オーリー」と同じような感じで。


あんまりたのしくて、笑いが止まらなくて、
よだれが垂れて、力が入らなくなって、
その場にかがみこむ。

息が上がったうえに笑うものだから、
呼吸をするのもままならない。

まわりでぴょんぴょん跳ねてるガキどもは、
まるで疲れ知らずの顔つきで、
止まることなくずうっと飛び跳ねつづけている。


あらためて、ガキの体力に敬服。

タバコのせいばかりじゃないだろうけど。
息もゼイゼイで喉もカラカラで。
ずっと跳びつづけていたいのに、
ときどき腰を下ろさないと息がもたない。


裸足のまま、自動販売機まで
ウーロン茶を買いに走って。
靴下が泥だらけになった。


喉を潤し、トランポリン再開。


空が近くなり、
景色が少し下に見える。

小さな子供や親子連れの家族。

ガキどもと、子供を見守るお父さん、お母さん。

子供を見守っていたはずのお父さん、お母さんも、
いつのまにかトランポリンの上で飛び跳ねている。


お母さんが、子供とふたりでお父さんを押したりして、
たのしげに笑っている。

押されたお父さんは視界から消えたあと、
しばらく姿が見えなかった。

いたずらのつもりが、
結構、本気でふっとんだみたいだ。

それでも、お父さん、お母さんとも、
けらけらと笑っていたのでおもしろかった。


白い、トランポリンの山の上で。

みんな、ぴょんぴょん跳ねていた。

みんな、たのしそうに笑っていた。


薄暗くなりはじめ、守衛のおじさんがやってきた。


「いまから空気を抜きますから」


「え、もう終わりなんですか?」


守衛のおじさんがうなずいてみせたあと、
ぽつりとこうつけ加えた。


「まだ、空気が抜け切るまでには3時間ありますから。
 あとは親御さんの責任でよろしくお願いします」


ゆっくりと空気の抜けていく白い山で。
走り回り、ぴょんぴょん跳ねつづけた。


さっきまでたくさんほかの人がいたのに、
気づくと5人組のやんちゃなガキどもくらいしか
残っていなかった。

そいつらには、太陽がまだ明るい時分から
何度か話しかけられたりした。


「ちょっと、ぼくがねるから、
 そのまわりをはしってみてよ」


「嫌だね、そんなん」


「いいじゃん、やってよ」


「やだね、めんどくせぇ」


「じゃあ、ぼくがはしるからねっころがってよ」


「あ? いいよ。やれば」


空気が減ってきて、
もう、軽やかに飛び跳ねられなくなってきたとき。
ぼくを指して、ひとりのガキが言った。


「重い人がいるから、空気のへるのが早い」


そう言われたぼくは、

「はぁ? おまえが屁ぇこいたからじゃない?」

と、やり返した。

するとガキは、


「こいてないって!」

と、必死になって否定した。


「こいただろ、さっき。ブって聞こえたぞ」


「こいてないってば!」


少し笑いながらも、
全力の本気で言い返してくるガキがおもしろくて、
しばらくそのやりとりで遊んだ。


空気が抜けた山は、反発する力を失って、
すっかりヨボヨボになってしまった。

もう充分遊んだので、
白い、トランポリンの山を下山した。


すっかりへこんで、
火山口のような形に落ちくぼんだ中で、
悪ガキどもが輪になって座っている。

ひとりのガキが、
仰向けに横たわったまま、ぽつりとつぶやいた。


「こうやってると。
 なんか、ヨーグルト気分だね」


ヨーグルト気分。


まるでその言葉が流通しているかのような
言い草がおもしろくて、
しばらくそのフレーズを口のなかで転がしてみた。


ヨーグルト気分て。


けど、少し分かる気がした。

白い、しぼんだトランポリンの山に包まれて
寝転がるガキは、
何度か「ヨーグルト気分だよね」と繰り返したものの、
仲間からは誰ひとり共感してもらえないままだった。


ほかのガキが、
げっぷの出しあっこをして遊びはじめたので、
「ヨーグルト気分」のガキも、
すっかりそのことを忘れて、
息を吸い込んではげっぷを出して笑っていた。


靴を履き終えたころには、
ガキどもはすでに立ち上がっていて、

「鬼ごっこしよう」

と、走り回りはじめていた。

誰がオニか決めずに
はじめてしまった鬼ごっこを横目に、
薄暗い公園を歩きはじめる。


その足で、
ライトアップされた立体迷路をくぐり、
見晴らしのいい塔にのぼった。

視線を泳がせていると、
鬼ごっこに飽きたガキどもが帰っていくのが見えた。

ガキどもがこっちを見ている。

手はふらなかったけれど。
心のなかで「バイバイ」と小さく手をふり、
にぎやかな悪ガキどもと別れた。


悪ガキどもの姿が小さくなって、闇に埋もれる。

日の沈んだ公園に、冷たい冬の風がさあっと吹いた。

白い、トランポリンの山も、
闇に没して灰色に見える。


冷たくなった手をポケットに突っ込み、
しいんと静まり返った公園をあとにした。


まだ、6時すぎなのに。

思いっきり遊んだせいで、腹が、ぺこぺこだった。


< 今日の言葉 >

「こんばんは、オヤス美紗子です」