晩飯を食べたあと、
彼の家に行った。
彼は「妻帯者」だけれど、
この日は奥さんが
外出していて留守だった。
奥さんを交えての会話もいいが。
友人と2人っきりで
過ごす時間も捨てがたい。
彼とは高校時代からの
つきあいだ。
ヒマさえあれば
2人でつるんで遊んできた。
いいことも、わるいことも、
いろいろやってきた。
そして僕らは「大人」になった。
ひとりはいい人と結婚して、
立派な家を建てて。
ひとりはいつまでも
ふらふらと遊んでばかりで。
そんな「ふたり」が
夜な夜な集まり、
バカげた時間を灰にしていく。
立ちのぼるのは
バカの狼煙(のろし)。
バカが2人集まると、
バカが倍になって、
また倍になって。
バカが2人だと、
止める人はいない。
だから、アクセル全開。
バカに加速がついて、
どんどん突っ走っていく。
そんなバカ2人に、
またしても神さまが
「いたずら」をする。
「ちょっと、これ見て」
友人が小さな紙袋を指し示す。
中には、『バービー人形』のパッケージような、
欧米的なデザインの箱が入っていた。
どことなく「女の子心」を
くすぐるデザインだ。
見るとそれはDVDだった。
3枚組のDVD。
その名も、
『CORE Rhythms(コア・リズム)
〜7日間メリハリボディプログラム』。
DVDを観ながらエクササイズをするという、
ちまたで流行りのものだった。
流行にあまり詳しくない僕には、
初めて見た(聞いた)ものだった。
コア・リズム。
そんなおもしろそうなものを見せられて、
そのまま引き下がれるわけがない。
「朝起きたら、いきなり
ここに置いてあって、びっくりした」
「買ったの?」
「いや、誰かに借りたんだと思う」
「まだ、帰ってこないよね?」
「たぶん」
「じゃあ、ちょっと観てみよう」
悪魔のささやきに乗せられた友人は、
奥さんが借りてきた
『コア・リズム〜
7日間メリハリボディプログラム』
を取り出し、
ブルーレイ・レコーダーにセットした。
その内容に、
僕ら2人は驚愕した。
ローライズ気味の
ぴっちりスパッツをはいた「先生」、
ヤーナ・クニッツ氏とジュリア・パワーズ氏の
2人組の見せる「振り付け」。
彼女らの、一見、地味なようで激しい、
キレのある動きが、延々と続く。
そのエクササイズが
40分ほど続くらしいのだが。
アルコールのせいか、
それとも運動不足のたまものか。
あまりの激しさに、
僕らはついていけなかった。
しかもこれが
「初級編」だというのだ。
10分もしないうちに落ちこぼれた僕らは、
ぜいぜいと息を切らしながら、
乾いた喉をビールで潤す。
このエクササイズを
「真面目に」やったら。
絶対にやせるだろう。
汗だくの僕らの目の前には、
画面の中で踊るヤーナ・クニッツの笑顔。
彼女らは、ダンスコンテストの世界大会で
優勝した経験を持つ「つわもの」だ。
汗ひとつかかず、息も上がらず。
常に「笑顔」を絶やさない。
ヤーナ・クニッツの、
金属のようにつややかな赤い髪と、
バックショットで揺れる
青いパンツが目にもまぶしい。
少し、
体力の回復した僕らは、
再び立ち上がった。
ズム、ズム、と
リズムを刻む低音に合わせて、
「コア・マッスル」を動かす。
だんだんコツが分かってきた。
腰を動かしながら、
ちょっとだけハマりはじめている
自分に気づく。
「ワン、トゥ、
スリー、フォッ、
ワン、トゥ、
スリー、フォッ、
その場でマーチ」
ヤーナ・クニッツ氏の声(吹き替え)の
言いなりになり、
僕ら2人は「その場でマーチ」をしつづける。
それでもやはり、
10分くらいが限界だった。
画面の中では、
ジュリア・パワーズが
笑みを浮かべている。
ちなみに『上級編』も
観てみたが。
エクササイズのビデオというより、
彼女ら2人の「すごさ」を伝える
PV(プロモーション・ビデオ)として、
見入ってしまった。
上級編のダンスが始まり、
しばらくすると、
後ろで一緒にエクササイズをしている
男性2人のタンクトップの色が、
みるみるうちに変わっていった。
汗に濡れた髪が額に張りつき、
タンクトップの緑が、
汗を含んでどんどん深い色に染まっていく。
それでも、彼女ら2人は、
まるで変わらぬ笑顔で踊り続ける。
開始早々と変わらぬ、
涼しげな笑顔で。
そのまま30分ほど「ノンストップ」で
踊りきった彼女らの背後では、
汗だくの男性2人組が息を切らして立っていた。
「これが普通の人の姿だ」
と言わんばかりに。
こんなハードなエクササイズを
やろうと決めた、
友人の奥さんの決意。
その決意は、
ハンパじゃない。
そんな固い決意を持った
奥さんに対して、
当の友人は、というと。
『男のモテ髪
頂上カタログ2009年度版』
などという雑誌を買って、
お気に入りの髪型に付箋(ふせん)を貼って、
それを知り合いの美容室に持って行って、
その写真を見せて、
そのとおりに切ってもらったという
「つわもの」だ。
『365日使える!
今すぐイメチェン
しなきゃ !!』
『オシャレで使える
ヘアしか載せてません!』
もうすぐ35歳に
なろうというのに。
そんなキャッチコピーの踊るヘアカタログで、
バッチリ「モテ髪」に変身した友人。
ヤーナ・クニッツと
ジュリア・パワーズも。
緑と黄色の
タンクトップのダンサーも。
そして友人とその奥さんも。
みんな、すてきな2人だ。
けれども。
ヤーナ・クニッツとジュリア・パワーズに
「踊らされた」僕らは、
果たして「すてきな2人」なのかどうか。
それは大きな疑問である。
< 今日の言葉 >
さっきから「来た」って言ってるけど、
織田裕二の言う「来た」くらい来てるのか、
それとも、マリックの言う「来てます」くらい来てるのか、
どれくらい「来てる」の?