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2008/12/03

汚れ



「やさしい巨人」(2009)



20代の前半、
仕事を辞めて
途方に暮れていたころ。

よく、百貨店の屋上の
遊園地に行っていた。


平日の午後。

何をするでもなく、
ただぼんやりと風景を眺めていた。

あるとき、
ゲームコーナーの片隅にある
1台の機械が目についた。

左右のレバーを操作して、
小さなブルドーザーを動かすという、
えらくアナログ式のゲームだ。

ブルドーザーをうまく動かして、
穴に景品を落す。
別に景品が欲しかったわけでもなく、
ただ、その小さなブルドーザーを
動かしてみたかっただけなのだが。

どうせやるなら、
制限時間内で景品を落としたい。

スポンジのはみ出たイスに腰掛け、
100円硬貨を投入した。

ブルドーザーの操縦が
おもしろくなりはじめ、
気づくと3枚目の硬貨を投入していた。

外は、
薄暗くなっていた。

そんな僕を、
よほど不憫に思ったのか。

それとも、
ここ(屋上遊園)にくるのを
ちょくちょく目にしていたのか。

係員らしきおじいちゃんが、
すうっと横に現れ、
1ゲーム、サービスしてくれた。

何も言わず、
黙って100円硬貨を
投入してくれたおじいちゃんは、
目が合うとほっそりと
やさしく微笑んだ。

「内緒だよ」

という感じに目を閉じ
小さくうなずくと、
そのままゲームコーナーの
奥に消えて行った。


おじいさんのくれた「やさしさ」。

もしこれを「不正」とか
「ずるい」とか言うのなら。

僕は「正義」なんて言葉を信じたくない。



知り合いの話だ。

彼女は、自分の親が
借金を抱えていると知ったとき、
ひどくショックを受けたという。

借金の額を聞かされた彼女は、
いままで自分のしてきた「贅沢」や
「わがまま」を省みて、
少なからず自分を責めた。

さらには、自分の両親が、
決して返済能力があるとは
言いがたい状態だということも分かった。

すぐに返せる額でもない。
けれど、返し切れない額でもない。

彼女は両親に内緒で、
昼間の仕事のほかに、夜の仕事を始めた。

彼女が選んだ仕事。
それは、風俗嬢の仕事だ。

夜の仕事のなかで、
風俗嬢の仕事を選んだ理由は諸々ある。

衣装代や交際費のかかる他の仕事より、
手っ取り早く、短期間でお金を集められる。

そんなことも理由のひとつだけれど。
「これ」という、ひとつの理由で
始めたわけでもない。

そこは、そのときの
彼女のみが知ることだ。


風俗嬢として働いた初日。

彼女は初めての「給料」を手にした。

店からの帰り道、
夜も遅かったが、
彼女は家に帰りたくなかった。

そのまままっすぐ、
家に帰ることができなかった。

行き場を失った彼女は、
ファーストフード店に入って
ハンバーガーを注文した。

差し出した紙幣は、
もらったばかりの給料から
出したものだ。

いつもおいしく食べている
ハンバーガーなのに。

なぜか気持ちが悪くなり、
ほとんど食べられず、残した。

店から出ると、
人もまばらになった駅前で、
ひとりの若い男性が
ギターを弾いていた。

ギターケースには
小銭や紙幣がちらほら見えた。

彼の前を通りすぎるとき、
彼女はポケットから紙幣を取り出し、
ギターケースのなかに落した。

1枚の五千円札。
もらったばかりの給料の一部だ。

一瞬びっくりした顔を
見せた彼だったが。
すぐに満面の笑みを浮かべ、
大きく頭を下げた。

そして大きな声で、歌いだした。

大金を入れてくれた彼女への
「お礼」といわんばかりに。

閑散とした駅前に、
彼の歌声とギターの音が響き渡る。

彼女が遠ざかれば遠ざかるほど、
ギター弾きの彼は、
声を大きくはりあげているようだった。

歌声は、どんどん大きくなる。

その歌声を聞いて、
彼女は涙があふれてきた。


「きたないお金」


彼女はそう思った。

家に帰った彼女は、
誰とも顔を会わさないようにして、
シャワーを浴びた。

洗っても洗っても、
自分がよごれているような気がした。

彼女は夜の仕事で稼いだお金をすべて、
姉に渡すことにした。
姉が稼いだことにして、
姉の手から渡してもらうことにしたのだ。

自分の名前は出てこない。
姉夫妻の名義で、
親の借金が少しずつ、返されていく。

そしていつしか、
彼女は夜の仕事に
「慣れて」いる自分に気がついた、と。
そんなふうに聞いた。


彼女のことを、
悲劇のヒロインに
祭り上げたいとは思わない。

そういうお金の稼ぎかたの
善し悪しが言いたいわけでもない。

彼女が夜の仕事を始めた「きっかけ」は、
何ひとつ不純なものが混ざっていない、
純粋なものだ。

そのお金も、決して
「よごれた」お金ではないように思う。


「汚れた」ひとは、
自分が「汚れて」いることに気も留めない。

「汚れた」ひとは、
自分が「汚れて」いくことすら気にしない。


真っ白いシャツについた、
小さな染み。


それを「思い出」や
「記念碑」にするのもよし。

いっそのこと、
極彩色の原色カラーに
染めてしまうのもよし。


ただひとつ言えることは、
ついた染みを他人のせいにして、
いつまでもぼやき続けるのは
やめておきたい。


< 今日の言葉 >

「いろんな人と、しゃべるかただねぇ」
 
(明石家さんま氏の、
 1人しゃべり2時間スペシャル的な
 番組を見たらしい、母のひとことコメント)