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2008/09/17

おっちょこちょいよりオッペケペ



「口を開けて待つだけの男」(2008)




おっちょこちょい。

言葉の響きからして、
そそっかしそうな感じがする。


さて、こんなことはないだろうか。

別に特別な日でもないというのに。
朝からどこか浮き足立ち、
何をやっても「うわすべり」な感じで、
小さな失敗をやたらと重ねてしてしまう。

何かを忘れたり、または、し忘れたり。
落したり、つまずいたり。
ちょっとした「失態」がぽろぽろとこぼれて、
新たな次の「失態」を、数珠つなぎに招く。


そんな日のことを、
僕は「おっちょこちょいの日」と呼んでいる。



先日、給油のため、
ガソリンスタンドへ車を走らせた。

なにぶん、
古い車(1971年式)なので、
燃料メーターがあてにならない。

「R(予備タンク)」を指した針が、
いまにも振り切れそうな状態だったので、
目に入ったスタンドにそのまま入った。

セルフサービスの
ガソリンスタンドだった。

セルフのスタンドも、
いまではめずらしくなくなった。

戸惑うことなく給油・・・のはずだったが。

あまり見かけたことのない
方式のスタンドで、
その目新しさに、
ひとりわくわくしてしまった。


数日間、
「ATM銀行」が「調整」とやらで
「休止」するとのことで。

持ち合わせの関係もあって、
2千円分だけ給油することにした。

五千円札を投入口に入れ、
給油を開始。

給油口にノズルを差し込んだまま、
ここぞとばかりに、
見なれない方式の機械を
あちこち見回していた。


「給油が終わりました。
 ノズルを戻し、
 キャップを閉めてください」


アナウンスの声も、
普段聞き慣れている女性より、
10歳ほど若かった。

そんなことに、ほくそ笑んでいると、
お釣りがそのまま
現金投入口から出てきた。


千円札が数枚。

よくないことに、
枚数の確認もしないで
財布にしまった。


レシートが出なかったが、
気に留めることなく車に乗り込み、
ブルンと発進した。


しばらく走って、ふと気がついた。
燃料計の針が、ちっとも増えていないのだ。


メーターは「R」に食い込んだまま、
ぴくりともしていない。


「あー。メーター、壊れたのかな」


少し残念に思いながらも、
車を走らせつづけて。
信号待ちをしていて、はっとした。


財布の中身を調べてみる。
1万円札が1枚と、千円札が5枚。
減っていない。

ガソリンスタンドに
入る前と後とで、変化なし。


記憶の糸をほどきながら、
ゆっくり、ゆっくりたぐりよせる。


たしかに。
妙にノズルの引き金が軽い気がした。
レシートも出なかった。


つまり。


スタンドに入っただけで。
お金を入れてノズルを差し込んだだけで。
給油は、していなかったのだ。


五千円札から千円札へ。

1枚が、5枚。


深夜のガソリンスタンドで。

おっちょこちょいな僕は、
両替をしただけだった。



その日の昼間。

車に乗っていて、
奇しくも「信号待ち」で、
はっとした。


ガムを噛んでいて突然、
ガリッと、小石を噛んだような感じがしたのだ。

すぐさまガムを吐き出し、広げてみると、
星形の、小さな銀色の物体がくるまっていた。

歯の詰め物だった。


渋滞し切った信号待ちをいいことに、
ルームミラーで「そいつ」の出所を探してみる。


あーんと大口を開けて、
あちこち探す。

ない。

見つからない。


開けっぱなしの口から、
よだれが音もなく、
つうっと延びて膝に落ちても。


やはり、星形金属の「居場所」はなかった。


「これ、俺のかな・・・」


そのときは、真剣にそう思った。


誰か他の人のものか、
それとも、最初から
ガムに入っていたのではないか。

いや、やっぱり。

このまえデートした、
あの娘のものじゃないか・・・。

本気で頭を悩ませていると、
前の車が、ゆっくりと走り出した。


気になったので、翌日、
歯医者へ行った。

そこで疑問が解けた。

正真正銘、
自分の「虫歯の冠」だったのだ。

歯科医でも一瞬、
場所を見まがうほど、
分かりにくいものだった。


ほんの少しだけ
「UFO」のことを考えてみたのは事実だけれど。


現実は、奥歯の詰め物の
一部が欠けて、外れたのだった。


まさかパズルのピース自体が
「欠けて」いるとは。

何でも、想像の範囲内で
おさまるとは限らないものだ。



かくして夜を迎えた
「おっちょこちょいの日」。


最後のシメは、というと、
何ともおそまつなものだった。


風呂上がり。

腰にバスタオルを巻いた格好で、
右手にはウーロン茶、
左手には梅酒のグラスを持って、
寝室に向かう。


足を進めるうち、
腰のタオルがずるり、
ずるりとゆるむのが分かった。

あと少しで「ゴール」というところで。
腰にまとったバスタオルが、
はらりと落ちた。


「きゃっ」


とでも言わんばかりに。
思わず、腰が退けてしまった。

誰もいない、
ひとりぼっちの部屋のなかで、
である。


花も恥じらう
乙女でもあるまい。

ましてや誰に見られる
わけでもないのに。

何を恥ずかしがる必要があるのか。


とっさに身を屈めたそのせいで、
右手のウーロン茶がばしゃばしゃとごぼれ、
左手の梅酒がぼとぼとしたたった。

おかげで床は、水びたしならぬ、
「梅酒のウーロン茶割りびたし」状態になった。


おっちょこちょい。


広辞苑を引くと、

『ちょこちょこしていて
 考えの浅いこと。
 軽薄。また、そういうひと』

と書かれていた。


これはいけない。


ハインリッヒの法則じゃあないけれど。


たくさんの小さな「失態」の先には、
おそらく大きな「失態」が待っているだろうから。


気を引き締めて、
鍵かけ声かけ心がけ。


家に出てからの5分と、
家に着く前の5分は特に気をつけなさい、と。

自動車教習所の先生も
おっしゃっておりました。



おっちょこちょいよりオッペケペ。


オッペケペは、
意図した上での戯れ事だ。

無意識で浅はかな、
おっちょこちょいではいけない。


ちなみにオッペケペ節は、
明治中期に京都京極座の寄席で、
川上音二郎が歌ったことにはじまる、と。

明治時代の時世を
風刺した歌、オッペケペ節。


「〽オッペケペ、オッペケペ、
 オッペケペーのペッポッポ」


なんとも、いいサビじゃあ、
ございませんか。


< 今日の言葉 >

笑いのためなら、
歴史なんて変えてまえ。

(松本人志氏が、番組のなかでゲストに向かって言ったひとこと)