カテゴリー:目次

2008/09/09

不器用なひと



「拗ねて丸くなる人」(2008)





僕はときどき、人から
「器用だね」と言われることがある。

自分では、そんなふうに
思ったことがない。

心のどこかで
「そうありたくない」と
思っているせいかもしれない。



ある女の子の話だ。


彼女は気が利くほうでもないし、
また、人に気を遣うような
タイプでもない。

ただ、
当たり前のことを、
きっちりやる。


「おはよう」

「おやすみ」

「いただきます」

「ごちそうさま」


彼女は、あいさつを
忘れたことがない。

「ありがとう」
「ごめんね」

彼女はお礼も言うし、
きちんと謝る。


ごはんの前には
必ず手を洗うし、
家に帰ればガラガラと
うがいをする。


そんな姿を見ていると、
ロバート・フルガム氏の著書の題名、
『人生に必要な知識はすべて
 幼稚園の砂場で学んだ』を
思い浮かべてしまう。


とはいえ、彼女は、
哲学的でも打算的でもなく、
自分の中での「きまりごと」を
守っているだけなのだ。


その代わり、嘘がつけない。

嫌なことがあれば顔に出るし、
嫌いなものは、いっさい食べない。


一度好きなったものに対しては、
一生つき合っていくほど
深く好きになり、
ずっとずっと好きであり続ける。


何をするにもていねいで、
いつでも手が抜けない。

そのせいで、
遅くのんびりとして
見えることがある。


そんな彼女は、
『社交辞令』とか『方便』とか、
大人が “自然と” 身につけて
いくはずの「処世術」を
まったく知らない。

言葉で知っていても、
それがどういものか
理解していない。
そんな感じだ。


彼女は以前、カフェで
バイトをしていたことがある。

繁華街にある、
小洒落たカフェだ。

そんな彼女だから、
接客マニュアルを教えられても、
「マニュアル接客」などできやしない。

それでも、やっていることに
筋が通っていたので、
お客さんからの評判も
上々だった。


お客さんの中には、
自分のお店を開ける前に必ず、
彼女の顔を見にやってくる
スナックのママさんもいた。


そのママさんは、
スタッフの中でも、
まっさきに彼女にあいさつをして、
そのままいつも世間話をしていた。

自然と、彼女が
担当のような格好に落ち着いた。


カフェの店長は、
彼女より少し年上の女性だった。

店長は、髪を
明るい色に染めていた。


ある日、
「不器用な」彼女は、
髪を金髪にした。

髪はずっと茶色かったが、
もっと明るい、
バービー人形のような
金髪にしたのだ。


もともと、
髪を染色することを
禁じられていたわけではない。

けれども。


しばらくして、彼女はクビになった。


これは、あくまで僕の
「勘ぐり」でしかないが。

面白く、
なかったんだと思う。

自分より目立つ、
彼女のことが。


自分を素通りしていくママさんが
仲良くしている、彼女のことが。


「髪の色を戻していらっしゃい。
 でなきゃ辞めてもらいます」


店長にそう
言われたのだけれど。

「頑固」な彼女は、
カフェを辞めるほうを選んだ。


「だって、最初、
 入るときには
 いいって言ったもん」


彼女は別に、
悲しんでいるふうでは
なかったが。

少し、残念そうな、
淋しそうな顔をしていた。



子供服の店では、
「お客」である子どもに
人気があった。

子ども嫌いな彼女だが。

仲良くなった子どもに対しては、
「嫌いじゃない」と言っていた。

そしてだんだん、
子どもの話をする回数が
増えていった。


店長であるママと、
お財布を握る、
実質的な「お客さま」とが
話し込んでいるあいだ。

彼女は、もう一方の
お客(子ども)の
「おもり」を任されるのだ。

ママの耳に、
彼女の噂が入る機会が
増えていったころ。
またしても「ケチ」が
つきはじめた。


ほどなくして。

ここでも同じように、
遠回しな「クビ」が宣告された。


自分を曲げるくらいなら
クビのほうがまし、
とでもいうように。

彼女は店を
辞めることにした。


仲よくなった子どもたちに
その話が伝わると、
小さな「お客」たちが
淋しがったようだ。

「大きな」お客のほうでも、
残念がる人が多かったらしい。

子どもから、彼女の話を
たくさん聞かされて
いたせいもある。

支店で噂を聞いて、
本店まで駆けつけた
お客さんもいたそうだ。


そこでようやく、
ママも気づいたようだった。

いままで知らなかった、
彼女の「いい部分」を。


ママは、
彼女に言った。

やっぱり辞めないで
くれないか、と。


彼女は許せなかった。


ママが、ではない。

一度泥のついた船に、
「はいそうですか」と
気安く乗り込むことを。


またもや彼女は
「クビ」になった。




実は、この店より前に、
似たような形でもうひとつ
カフェを「辞めて」いた。


若い女性が店長の、
街のカフェ。
彼女にしては長く続き、
5年以上勤めたカフェだった。


「こういうとこ、
 だめだね、あたし」


子供服店を辞めたあと。

少しこたえたのか、
彼女がそんなふうに、
しおらしく
言っていたことを思い出す。


僕の知る限り、
彼女の勤務態度は
「まじめ」なほうだ。

ただ、頑固で、
融通が利かない。

簡単に「許す」ことをしない。


「許す」とは、別の言い方で、
「妥協」とか「適当」とか、
そういったことだ。


彼女は、不器用なのだ。

自分の対しても、
他人に対しても。


「まじめ」というより、
「いい加減にはしない」
と言うほうが
あたっている気がする。


それでも、彼女の口から
自分の「不器用さ」を
嘆く言葉を聞いたことがない。

自分が器用だとか、
不器用だとか。

彼女は、そんなことすら
気にしていないのだ。


「あの人、器用だね」


簡単にそう言えちゃう人こそ
「器用」なのかもしれない。

少なくとも
「不器用」ではない気がする。


僕は、
自分が器用だなんて
思ったことがない。

もしそう見えるとしても、
器用には、なりたくないと
思っている。


遅くても、不格好でも。
ゆっくりていねいだと、
周りの風景も、
ゆったり見られるから。


< 今日の言葉 >

いぬは わるいめつきは しない

(灰谷健次郎氏が紹介していた子どもの詩)