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2020/04/12

商店街の人々〜現代四郎と自由の鐘













☆ ☆ ☆ ☆ ★





お客さんのいない、がらがらの店内に、

ふらりと立ち入って。


品物を見たり、店員さんと話したりしていて、

ふり向くと、いつのまにかたくさんのお客さんで

お店の中がにぎわっている。


・・・なんてことは、ございませんか。



自分は、そんなことが

ちょくちょくあるような気がしている。


自分とお店の人以外、

誰もいなかったはずの店内。

ふと気づくと、背後に人がたくさんいる。


気のせいじゃあ片づけられないくらいの頻度で、

そんな状況に出会う。



この話を、

仙台四郎になぞらえて人に話してみた。


「せんだいしろう?」


意外と仙台四郎の存在が

知られていないことに気づいた。



仙台四郎。


その名のとおり、

彼は、仙台に実在した人物で、

彼が立ち寄った商店は必ず繁盛したということから、

人々から「福の神」として愛されていた。


お店に立ち寄る彼を、

みなは、丁重にもてなしたという。




ここが仙台でもなく、

彼ほど立派でもないので、

「現代四郎」と名乗るくらいは

許されようか。


いや、少なくとも、

今回の記述のあいだくらいは

そう名乗らせてください。



自称・現代四郎のぼくは、

なんのご利益も持たないかもしれないが。


商店街の店々に立ち入って、

お店の人とおしゃべりして、

たのしい時間をすごすことが

すごく好きだ。





☆ ☆ ☆ ★ ★




ある商店街で。

建物を見ながらうろうろしていていると、

ガラスごし、なんだか気になる物があった。


なんだろう、と思い、のぞきこんでいると、

お店のおばちゃんが白い歯をのぞかせた。


「そんなとこで見とらんで、

 中入って見たらいいがね」


お言葉に甘えて店内におじゃまする。


外から見て気になった「装置」は、

「重さを測る」ものだった。


昔、銭湯や学校に置いてあった、

重厚な造りの体重計に、

どことなくお手製な感じの

ブリキ製の箱が取りつけられているような。

えらく年季が入った、代物だった。


一見、秤(はかり)とは分からないそれは、

お米を測るためのものだと、

おばちゃんが教えてくれた。



話を聞いていてようやく、

ここがお米屋さんだということに気がついた。


たしかに、袋に入ったお米が積まれていて、

見ると、店内には、お化粧でもしたように、

うっすらと白い粉が降り積もっていた。


「つい昨日までお餅をやっとったからね。

 そんで店ん中が粉だらけになっとるんだわ」


床のたたきや机の上は、

おそらく掃除したのであろう、

もう白い粉も積もっていないが、

棚のすみや壁の熊手などは、

雪のような白粉(おしろい)を

まだまとったままだった。


そのことが、お正月のにぎわいと、

お店の繁盛を伝えているようだった。


お店の中、視線を泳がせてみる。


棚の上には、

食品関連の商品よりも目立った感じで、

おみやげ物の類いが並んでいた。



これは商品なのか、何なのか・・・。



まるでその疑問を見透かしたかのように、

お店のおばちゃんが答えてくれた。


「お客さんが、飾ってくれって言って、

 置いてくんだわ」


壁には、郷土品や古めかしい道具類に並んで、

各地のおみやげもののようなものも飾られている。


「あ、キーホルダーだ」


まったく愚直に、

見たまま思ったままを言葉にする。


壁にかかった籐(とう)の網には、

古びたキーホルダーがいくつもぶら下がっていた。


「そんなんでよかったら持ってって。

 そこらへんにもいろいろあるで、

 ほしいもんあったら

 いくらでも持ってって」



それはまるで、

駄菓子屋の軒先に下がったおもちゃや

アイドルのブロマイドのように。

魅惑的な触手で、ぼくをくすぐった。



キーホルダー。


特におみやげ物のキーホルダーは、

ぼくにとって大好きなものである。



「ここにあってもしょうがないで、

 遠慮せず、ほしいものはみんな持ってって」


太っ腹で大盤振舞いのおばちゃんの言葉をそのままに、

ぼくは、あれこれ吟味しながら、

いくつかのキーホルダーをもらうことにした。












「これもそうなの?」



棚の上にあった、

アンチモニー(注:合金の一種)製の置物を指差す。


実は、お店に入って早々から気になっていた。


キーホルダー好きなぼくではあるが、

おみやげ物の置物、

特にアンチモニー製のものは

格別、大好きなのである。



「ああ、それかね。

 それは、息子が修学旅行かなんかで

 買ってきたもんだわ」



兜(かぶと)をかぶり、

右手をふり上げ、左手に太鼓を持つその像は、

赤穂浪士(あこうろうし)の置物だった。











右手に握っていたであろう太鼓のバチ、

またはハタキのような棒(=采配:さいはい)は、

どこかにいってしまったようだが。


そのお姿は、

赤穂浪士の大石内蔵助の勇姿に

まちがいなかった


「なに、ほしいの?」


おばちゃんが白い歯をのぞかせる。


置物好きでアンチモニー好きなぼくは、

居ても立ってもいられず、

言葉よりも先にその気持ちが

全身から発散されていたようだった。


「すごくほしいです」


「そんなんでよかったら持ってって。

 そこに置いてあっても意味ないで


「やったー、ありがとう!」



満面の笑みでお礼を言いつつ。


それだけではなんだか

もらうばかりで申し訳なかったので、

目の前でいい香りを放つ

「きな粉」をひと袋買うことにした。


おばちゃんいわく、

このきな粉目当てに

遠くから足を運ぶお客さんもいるそうで、

連日、すぐに売り切れるとのことだ。


そんなやりとりをしていると、

お店のおじさんが外から戻ってきた。


「きな粉だけか。米も買ってってくれ」


顔を見るなり、

冗談とも本気ともつかない口調で

口火を切った。


「なんだ、歩きか?

 10キロくらい運べるやらぁ?」


お米屋さんにくる前からすでに

金物がごちゃごちゃ入ったブリキのバケツと

竹製の1メートル定規を手に持っていたぼくは、

ははは、と笑いながら、

10キロのお米を買うことは辞退させていただいた。


代わりに、きな粉と、

お米屋さんからの「おみやげ」を

バケツのカバンにしまった。


新たにふえた話し相手を交えて、

しばし会話の花を咲かせたあと、

お店を出て、おふたりと別れたのでありました。





< 商店街の途中にて >




お米屋さんの前には、

金物屋さんでも、いろいろな話を聞かせてもらっていた。



先代からつづく金物屋さんで、

前には表具なども手がけていて、

ここは以前、作業場だった、とか。


在庫が入った木製の引き出しは全部、

旦那さんがつくったものだとか。


嫁いできたときには、

商品の名前や置き場所を覚えるのが大変だった、とか。



そう。


商店街には、

歴史や時間や思い出が

いっぱい詰まっている。


買うのは、商品だけじゃない。





☆ ☆ ★ ★ ★




先日、桜を見に行った。


そこは、

日本有数の桜の名所で、

散策道の途中には「商店街」というのか、

おみやげ屋さんが軒を連ねている。



一軒のお店の前で、足を止めた。


というより、

声をかけられ、

足を止めさせられたというのが、

本当のところである。


店先には、ほら貝が並んでいた。

修験道(しゅげんどう)の山伏が吹く、

大きなほら貝だ。


「音が出るかどうか、

 試しにちょっと吹いてみてください」


お店のおばちゃんの誘いに乗り、

30センチ以上はあろう大きなほら貝を手に、

力いっぱい吹いてみる。


出たのは、かすれたおならのような音だけで、

それらしい音色には遠くおよばなかった。


「力を入れればいいっていうもんじゃあ

 ないんですよ。

 トランペット、吹いたことありますか?

 あんな感じで吹くんです」


そう言われて、少し合点がいったぼくは、

「ラッパ」を吹く要領で吹いてみた。


すると、


「ぶおおぉぉぉおお〜っ」


という、勇壮な音色が響き渡った。


自分でもびっくりするような、大きく、澄んだ音色だった。


拍手をする、お店のおばちゃん。


「すばらしいです。なかなか音は出ないんですよ。

 これで邪気も払えたと思います」


ほら貝の話を皮切りに、

気づくとお店の奥のちょっとした席に腰かけ、

お茶とお菓子をごちそうになっていた。


桜の話、お菓子の話、名産の話。


いつしか話し手は、

おばちゃんからおじちゃんに代わった。


おじちゃんは、

先のおばちゃんのお父さんであろう、

白髪で年配のおじちゃんだった。


おそらく『クサカベ』のものと思われる

白い作業着を着ていた。


(なぜそう思ったかというと、

 まるで同じ、色ちがいの上着を

 ぼくも持っているからだ)



30センチから40センチはある

大きな巻貝。


昔は沖縄で採れた貝も、

いまではインドネシアなど

東南アジアで採ったものが主流らしい。


その巻貝に、

金属製やプラスチック製の吹き口を取りつけ、

「ほら貝」に仕上げるのだと。


先週、テレビの取材がきたらしく、

来週、テレビに出るということも教えてくれた。


残念ながらテレビがない、ということを伝えると、

これまで出演した数々のテレビ番組の話や

そのときのサイン色紙など、

たくさん見せてくれた。


「ちょっと自慢させてください」


と、おじちゃん。


そのまま話を聞いていると、

国会議事堂の中にある絵の、

春の風景がこの地の風景であることを、

数々の資料とともに説明してくれた。


自分でも「自慢させてください」と

言っていただけあって、

すごく誇らしく、うれしそうな感じだった。



最後、お店のおばちゃんと話していると、

おばちゃんは、

なぜだか今年のカレンダーをくれた。


そのわきで、

おじちゃんがほら貝を口に当て、

「口はこう、こうかまえて」

などと言いながら、

おばちゃんの話が途切れるのを

いまかいまかと待ちかまえている。



「ぶおおおおおおぉぉ〜!

 ぶおおおおぉぉぉぉ〜!」



縁起のいい、

ほら貝の音色に見送られながら、

ぼくは、

おじちゃんたちのいる

そのお店をあとにした。


もちろん、おみやげ品も

少しばかり買って。




☆ ★ ★ ★ ★




さて、

ここからは少し、

影像をご覧ください。




商店街の2階部分




商店街の通路








アンニュイな昼下がり





「趣味のお菓子コーナー」






達筆な「とめ、はね、はらい」具合





動いて見える残像








おばちゃんたちが営む食堂『プラチナプラザ』(通称:プラプラ)





の、ラーメン








表通りからは見えづらい看板








ぎっしりな店内





ふくろうカフェ(ではない)






「お食事の店」





ごはんやみそ汁に・・・・


好きなおかずを取って食べる食堂です。







ベトナム・タイの食材






「ペアクリーム」





「エース」




「のし」ではなく「まい」







エッシャーのだまし絵のような階段







アーケードの天井





アーケードの脇道




コンクリートの建物と天井





まるでミラノ






まるでパリ





白いシャツいっぱい




スーツのジャケットいっぱい





赤い服の人





まるでトロント







街はずれの商店街にある洋品店




「試着室」





エレガントなワンピース





赤いセットアップ




店の外を眺める背中







「押売り 物もらい たかり かたくお断りします」





路駐のやんちゃカー




★ ★ ★ ★ ★




いかがでしたでしょう。


みなさまもいっしょに、

商店街を歩いているような気持ちに

なったでありましょうか。



え?

ならない?



・・・なったという方も、

ならなかったという方も。



最後に、

とある商店街にていただいた

鐘(ベル)の話を聞いてください。














これまた商店街の金物屋さんで。


台所用品や雑貨などを見ていて、

気になるものをいくつか手に取った。


お会計をしようとおばちゃんの元へ向かうと、

レジの真ん前に、

高さ6センチくらいの

古びたベルが置かれていた。


アンチモニーだとか、

おみやげ品だとか、

そんな要素をのぞいてみても。


形状そのものが、

なんだか気になるベルだった。


ぼくの視線に気づいたおばちゃんは、


「あ、それはお客さんが置いていったの。

 わたしがここにいないとき、

 みんな、それを鳴らして呼ぶのよ」


と、説明してくれた。


手に取り、ながめさせてもらう。


表面には、細かな英文字が刻まれており、

どこの国かは分からないが、

どこか、外国のおみやげのようだった。


ただ、ベルの部分に、

大きな亀裂のような溝が入っており、

古いだけでなく、

傷んでいるふうに見えなくもなかった。


「それね。割れちゃってて、音もおかしいから。

 よかったらどうぞ」


物欲しそうな湯気でも出ていたのか。

またしても、というか、

何を言うでもなく、

相手から先に「どうぞ」と勧められた。


ベルを鳴らしてみる。

それほどおかしな音には感じられなかったが。

ろくに見もせず、「いいな」と思った。



まったくもって、

ありがたいやら恥ずかしいやら。


仙台四郎からはほど遠い、

たんなる「物もらい」である。


とは言いつつ。


うれしい申し出に、

声を弾ませながら聞き返す。


「いいんですか?

 お客さんが呼ぶためのベルなのに」


「いいのいいの、割れちゃってるし。

 なけりゃないで、どうにかして呼ぶでしょ」


たしかに、とうなずいたぼくは、

またしてもお言葉に甘えまくって、

その「割れたベル」をいただいた。




家に帰って。


どこのおみやげなのか、

気になったので、調べてみた。



ベルの表面に、

『PENSYLVANIA』

という文字があった。


「ペンシルバニア 鐘」


この2つをキーワードとして、

検索してみる。


いちばん上に出てきたもの。


それが「自由の鐘」だった。



詳細は史料に任せることとして。


・・・以下、要約。



時は1753年、

アメリカ、ペンシルバニア州フィラデルフィア。

州議事堂の中庭広場に、

鋳造を終え、

届けられたばかりの鐘が、

吊り下げられた。


観衆が集まる中、


鐘は、試し打ちされた。


しかし、

初めて鳴らされたその1回で、

ひびが入った。


その後、

鋳造し直された鐘にも、

またもや

ひびが入った。




それから100年近く経過した、

1846年2月、

鐘は、修復された。


亀裂の端が広がらないよう、

割れ目に沿って穴を開けていくという修理方法で。


同年2月22日、

ジョージ・ワシントンの誕生日を祝って、

鐘は、数時間にわたって鳴らされた。


そのとき、

修復された割れ目の部分から

亀裂が広がってしまい、

使用不可能になってしまった。



1852年、自由の鐘は、

尖塔から外され、

記念館の室内へ移された。



その後、自由の鐘は、

特別展示の目的や、

展示場所の移転などで、

転々と移動する



1996年4月1日

アメリカのタコス会社が

自由の鐘を購入したという

ニュースが流れる。


が、それは、

エイプリルフールの「冗談」だった。



2001年、

「神は生きている」

叫ぶ男の手により、

ハンマーで打ちつけられる。


・・・など。



紆余曲折ありつつも、

現在、自由の鐘は、

アメリカ・ペンシルバニア州

フィラデルフィア、

独立記念国立歴史公園の

リバティ・ベル・センターにある。



鐘の音を聞くことはできないが、

訪れた人は誰でも、

展示室に飾られた「自由の鐘」を

見ることができる。





・・・・以上が、

自由の鐘についてのお話。





商店街の金物屋さんでいただいた、

自由の鐘(ベル)。


ベルは、割れていなかった。



けれどもぼくは、

このエピソードが好きだ。



1回きりで割れてしまった自由の鐘と、

割れたと思っていたけど割れてはいなかった自由の鐘の、

このエピソードが。



だからこうして、

ここに記しておこうと思ったわけです。




仙台四郎のことを詠(うた)った句。



彼の通りたる小路、花が咲き

 彼の行きたる商店繁盛す

 彼の入場せる興行、

 座一つとして空くことなし」



現代四郎どころか、

現代五郎にもなれないぼくは、

なんのご利益も霊験(れいげん)も

持たないかもしれないが。


商店街の店々に立ち入って、

お店の人とおしゃべりして、

たのしい時間をすごすことが

すごく好きだ。



ぼくは、

ぼくの心に

花を咲かせたい。


そして、

これを読んだキミのハートに

花を咲かせたい。



自由のほら貝という花を、

吹かせたいんです。





< 今日の言葉 >


「許しもしないし、助けもしない」


(映画『修羅雪姫』より/「許してくれ、助けてくれ・・・」と
 懇願する相手に、修羅雪姫が言った言葉)