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2013/07/09

1年という時間







1年前の今日、7月8日。

18年間いっしょにすごしてきた犬の、

ハナが死んだ。


ちょうど今日で1年が経つ。




             ★ 


【ご注意】


たいしておもしろくもないうえ、

メランコリックでメロウなお話ですが。

自分のための記録として、

ここに記しておきたいと思います。




             ★ 





この1年間、

ハナのことを忘れる日はなかった。


毎日ふさぎ込んでいたわけでは決してないけれど。


ハナのいない空白のようなものが埋まることは

今日までなかった。




数カ月前のある日、

ハナと遊ぶ夢を見た。


死んだと思ったハナが死んでいなくて、

よかった!と歓喜したぼくは、

ハナをなで回したり、

いっしょに走り回ったりして、

たくさん遊んだ。


起きたとき、

夢だったのか、と、がっかりしたけれど。


夢のなかでいっぱい遊べた余韻で、

しばらくはうれしい気持ちだった。






ハナが死んでからのこの1年、

枕元の棚に、ハナの遺骨がずうっとあった。


1年が経った今日。

ハナの遺骨を手に、近所の緑地公園へ行った。



午後10時すぎ。

それほど夜も深くない時間ではあったけれど、

漆黒の広がる緑地公園に、人の気配はなかった。


昼間とはまたちがった、

まといつくような暑さのなか。


ハナとよく散歩で通った場所、

池のほとりの桜並木へ向かう。


靴底がつるつるとすべる

ローファーを履いてきたことに苦笑いしつつ、

草の生い茂った土手をのぼっていった。


立派な枝を力づよく伸ばした、

1本の桜の老木。


春になると、きれいな花を咲かせて、

はらはらと雪のように花びらを舞い散らす、

大きな大きな桜の木。


その木の足もとにシャベルを突き立てて、

がしがしと地面に穴を掘った。


汗が、とめどなくこぼれ、流れ落ちた。

あらわになった、新鮮な土のにおい。

草むらのなかに空いた穴は、

暗がりのなかでも黒々と見えるほど黒かった。


こんな姿を誰かに見られたら。

いったいどうやって説明すればいいんだろう。

警察の人に見られたら、

きっとちょっとめんどうな感じになるだろう。


そんなことを頭のすみで思いつつ、

こぼれ落ちる汗を手ぬぐいで拭った。


取手のない、

おしゃれなマグカップのような、

白磁器の、丸い骨壺。


なかからハナの遺骨を手に取り、

地面に掘った穴に、ひとつ、またひとつと

埋めていく。


ひとかけらの骨だけ残して、

あとはぜんぶ、穴のなかに入れた。


土をかぶせて、手でならし、

少し目を閉じてから立ち上がった。


そして何となく、目の前の桜の木肌を軽くなでた。



しばらくほの暗い地面をぼんやり見つめたあと、

またくるね、と小さく言って、

土手をさらに上へとのぼった。


土手をのぼり切ると、

池の横の小道に出る。


少し歩いて立ち止まり、

いましがたそこにいた桜の木をふりかえる。


見なれた風景が、そこにあった。

ハナとの散歩で、よく見た風景。


こうしてこの桜の木を眺めるのも、

久しぶりのことだった。



ハナと出会った、緑地公園。

まだ手のひらに乗るくらい小さくて、

名前もなかった仔犬のハナを、ここで拾った。


そして18年が経ち、

そこからまた1年がすぎた。



帰り道、

行きとはちがう道を歩いた。


ハナと歩いた散歩道。

どれくらいぶりだろう。


坂の多いこの道は、

ハナの脚が弱ってからは通らなくなった道で、

ハナが死んでから一度も歩くことのなかった道だ。



長くつづく坂道。

オレンジ色の街灯。


ずいぶんなつかしい風景に感じた。



ああ、ここでよく、白い犬に吠えられたっけなあ。


ここでよく、おしっこしてたなあ。


あ、ここでいきなりうんこしたとき、

あわててビニールでキャッチしたっけな。


ここの塀の前で急に雨が降ってきて、

いっしょにずぶ濡れになったこともあったなあ。


そうそう、ここでよく「道草」を食べてたな。

ここに生えてる草が、お気に入りだったみたいで。


景色に、記憶が重なる。



坂をのぼっていくうちに、

涙がどんどんあふれてきた。


1年。


長いのか、短いのか。


よく、分からない。


いないことが現実でも、

それがあたりまえだとは思えない。



もっと散歩したかったなあ。

もっと遊びたかったなあ。


涙は、1年経っても、まだ涸れないらしい。



いかんいかん。

こんなところを誰かに見られたら、

こまった人だと笑われてしまう。


涙がこぼれないように、上を向いて、歩く。

歌の歌詞と同じように。


坂をのぼり切ると、

こんどはしばらく下りがつづく。



遠く、家が見えてきたとき、思った。



この1年、いろいろあった。


出会ったもの、出会った人。

なくしたもの、なくなったもの。

笑ったり、泣いたり、ときどき怒ったり。


この1年、いろいろあった。


その前の1年も、そのまた前の1年も

いろいろあったけど。

この1年は、この1年でしかない。

同じ「1年」でも、同じものはひとつもない。

この1年を経たからこそはじまる「1年」もある。



1年という時間。

数えるときの単位は普遍的でも、

その質量は、超個人的な体験でしかない。


それが、またひとつ、

またひとつとふえていくわけで。



なくしたもの、なくなったものより。

得たもの、もらったもののほうが多い。


なくしたつもりでいて、

気づくと得ていることもある。


いつまでもくよくよしてたら、

生きてる人に怒られる。


いつまでもくよくよしてたら、

死んだ人に笑われる。





家に着くと、

涙の代わりに汗がどっと吹き出た。




2013年7月8日、晴れ。



忘れっぽい自分が、

いろいろなことを忘れないために記した

おセンチメートルな記述。




こうやってぼくはまたひとつ、

りっぱなおとなマンになっていくのでござる。







< 今日の言葉 >


「人間が最初に作った舟、車、飛行機・・・
     快適な旅行が楽しめたとは思えんわ」

(『タイムマシンを作ろう』/藤子不二雄・異作短編集5より)