【7月15日】(カナダ・トロント郊外)
ダンのコテージへ。
サムを加えた5人でハイウエイを走る。
もちろんダンの運転で。
途中、農園野菜の直売店に寄って行った。
瓶ビール64本積んだ車はスピードが出ない。
コテージはまるでおとぎの国だ。
丸い水平線、丸い天球、光を浴びた極彩色の花々。
トリプルAの葉っぱ。
サムの焼いたステーキを食べて、
地階でドラム大会、ピンポン大会。
ダンがノリノリの男前顔で太鼓を叩く。
夜はハンバーガーとラビオリ。
サムは典型的なお気楽主義者で、
ビール&スモーキングでローリングストーン。
《ダンについて》
ダンは、カナダ・トロント在住のチェコ系カナダ人で、
父親が医者ということもあって、裕福な育ち。
女性と遊ぶのが好きな父親は、
コテージ(別荘)のほかに別宅も1軒持っている。
母親は社交家で、家にはスーパーモデルや実業家が
ちょくちょく遊びにくる。
ダンを初めて見たときの印象は「金髪の曙太郎」だった。
ダンには姉がおり、
学生時代は姉弟そろって「テニスプレーヤー」だった。
国際大会にも出場し、優秀な成績を修めるほどの腕前。
けれども。テニスをやめたせいか、その後のダンは、
当時の姿が見る影もないほど太り、
マトリョーシカのような典型的洋梨体型になった。
そのくせ脚はすらりと長く、白くて細い。
「女の子にモテないのは、
この出っぱったおなかと、
ヤニのついた歯のせいだ」
口ぐせのようにダンは言う。
たしかにタバコを吸う量が半端ではなく、
タバコの値段の高いカナダではかなり
「豪快に」吸う部類になる。
それでも、女の子とすれ違うたび、
「オレはあの娘と結婚したい」
と、耳元でささやいてくる。
理想のタイプは黒髪の日本人だ、というわりに。
ブロンドやブリュネットの白人系女性とすれ違っても、
いつも同じようにささやく。
そんなダンも、車に乗ると男前だ。
車の運転が上手く、
トロント市内の地図が完璧に頭に入っている。
おいしい店に詳しく、場所だけでなく、
お勧めメニューやお得情報もパーフェクトだ。
「車庫入れ」がめちゃくちゃ上手で、
狭い路上にもすんなり駐車する。
ただ、警察の姿が目に入ると、
ものすごくゆっくりと「安全運転」を始める。
友人と日本語で会話していると、
「いま、オレの悪口言っているのか?」
と、真顔で聞いたあと、
「冗談だよ」とすぐに笑って取り消す。
これが、1度や2度ではなく、
会うたび何度も繰り返される。
寂しがりやで、おっちょこちょいで、
不器用だけど憎めない男。
それが、ダンだ。
【7月16日】
朝からコテージの目の前に広がる湖で「入浴」。
ハチを異様に怖がるダン。
水のかけ合いをしていて不利になると、
「目に sea weed(海藻)が入った!」
と言って「逃げる」。
ビールケースを運んでいて、
ダンの腰のタオルが外れる。
「Oh, baby. Buffalo Sandwich, oh my god!」
おもしろがって何度もちんちんを出すダン。
露骨に嫌な顔をするサム。
まるで子どものけんかだ。
サムは僕と同い歳で、誕生日が1日違い。
それについても大げさに喜んで、
「信じられない」と何度も何度も連発していた。
陽気なダンは大きな子ども。
サムは吸って飲んでいつでもご機嫌。
「I'm hungry」
と言ったダンは、
すでにチキンとハンバーガーを食べたあとだ。
仕方なく、バッファロー・サンドイッチを食べにいく。
店に行ったものの、やっていなかったらしく、
スーパー・マーケットに変更。
待たされ、歩かされ。
スーパー・マーケットで食材を買い込んだ。
湖では、泳いだりしながら、
ピクニックのように過ごす家族がいた。
聞くと、隣人はCNNのキャスターの
コテージだという。
サムの作った「シーザー」というお酒。
トマト・ジュースにウォッカを入れて、
グラスの回りに塩とホワイトペッパーをまぶす。
(材料/トマト・ジュース、ウォッカ、タバスコ、
『LEA&PERRINS』という調味料、塩、白コショウ)
冷たいスープのようで、するする飲める。
さすがサムだ。
みんな、ピザの耳を食べ残す。
ダンはいつも、半分くらい食べると残す。
そのくせ何度も食べる。
サムはマウス・トラップ
(『トムとジェリー』に出てくるような、
バネじかけのネズミ捕り)を異様に怖がる。
何か、痛い目を見た思い出があるのだろうか。
台所には、いたるところにマウス・トラップ。
サムは『シャイニング』のウエンディのような顔で、
やたらとおびえていた。
ベランダで昼寝したあと。
カジノへ行くと、ダンがスロットをして
20ドル負けて、ブラック・ジャックへ移った。
男前ダンは100ドルすって、
もう100ドル、チップに換えた。
そして4人分のステーキ代を稼いだ。
ダンのおごりでステーキを食べた。
ポテトがおいしかった。
帰り道、ストリップ・バーに入ろうとしたものの、
ドアの鍵が閉まっていた。
次に『ウエンディーズ』で
コーヒーを買おうとしたのだけれど、
ドライブスルーが込んでいたので店内に向かった。
なぜかまたしても扉が開かず、
結局コーヒーは取りやめ。
「I'm hungry・・・」
ぽつりとそうつぶやいたダンだった。
【7月17日】
コテージ滞在、最後の日。
昼近くに起きて、ユキが作った朝食、
「ソーセージ・エッグ&ブレッド」を食べた。
すぐに風呂代わりの湖に入って、太陽の下で泳いだ。
水平線と空と湖を独占したかのような風景だった。
のんびりくつろいだあと、もう一度泳いだ。
ダンは几帳面に掃除をしていた。
一流ホテルマンのような具合に。
コテージをあとにして、
トロントに戻ったのは15時すぎ。
この日のトロントは
40℃まで気温が上がったらしく、
外は焼けるような空気だった。
それぞれを家に送ったあと、
友人と3人、ダンの家へ向かう。
ダンのお母さんは
65歳には見えないほど若々しくて、
やさしげな感じのママだった。
ダンの家から「父の家(父と愛人の家)」へ向かう。
ダンがお勧めのアーティストのCDを4枚、
焼いてくれた。
これで「友人」として「認められた」。
高級フルーツジュースを飲み干して、タコスの店へ。
ダンの行きつけの店なのに。
ダンのタコスにだけ、竹串が入っていた。
口の中から5センチくらいの竹串を取り出すダン。
食べるまで気づかなかった、というか、
食べてから初めて気がついた。
3人中、ダンだけが当たり。
3分の1の確率、いや、もっとそれ以上の確率。
「こんなことは初めてだ」
ダンがそう言っていたから。
文句を言ってやる、
と表情をこわばらせたダンだったけれど。
会計のあと、
静かに音を立てて竹串をレジ卓に
置いただけだった。
まるで将棋の駒でも打つように、ピシャリと。
『スニッキーディーズ』で、
スティーブとシマの夫妻と会ったあと、
道を渡った向かいの店で待っているという
ダンのもとへ。
ダンはすでに1杯やって待っていた。
スティーブとシマとは、
1時間ほど話し込んでいたのだけれど。
ダンは帰らずじっと待っていた。
友人と3人、『PRESS CLUB』というバーで、
ジャマイカン・ビアを飲んだ。
生演奏のジャズを聴きながら、ラム系のショットで乾杯。
僕の「バイバイ・パーティ」だとダンが言った。
しばらくして場所を移る。
ダンがどうしても
チキン・ウイングが食べたくなったと言うので、
『マディソン』へ向かった。
ダンは、僕ら2人が合わせて3本食べるあいだに、
ひとりで9本のチキン・ウイングを骨にしていく。
しかもまだ「身」のついた肉をどんどんと捨てながら。
ひととおり食べると、
「もう、お腹いっぱいだ」
と言って残し、
紙ナプキンをたくさん使って手や口を拭う。
そんなダンは、
この日の朝も吐いてきたと、さらりと言う。
となりのメキシコ人と合流して、テキーラで乾杯。
サヤカから電話があり、
ニューヨークの情報も聞けた。
トロント最後の夜。
明日、ニューヨークへ発つ。
今日は寝ないでいようと思う。
ある日のこと。
ダンは、ケンジントン・マーケットの古着屋で、
黒髪のアジア系女性店員を見て、
「彼女と結婚したい」
と、いつものようにつぶやいた。
意を決して、彼女に話しかけるダン。
「この豆、おいしいよ。1粒食べないかい?」
と、ポケットから、
ビニールに入ったスパイシーな乾燥豆を取り出し、
袋の口を広げて彼女に差し出す。
たしかに、本当においしい豆なのだけれど。
見ず知らずの男の、短パンのポケットから出てきた、
くしゃくしゃの透明ビニール。
そんな袋に入ったおマメさんは、
決してうまそうには見えなかったはずだろう。
少なくとも、初対面の男女が
交わすような会話ではない。
実際、店員の彼女は、どうしていいのか分からず、
引きつった顔で恐れおののいて後ずさりしていた。
首を横に振りながら、視線だけはそのままに。
店を出たあと、ダンは彼女のことを、
感じが悪い娘だと毒づいていた。
僕は、彼女が断った豆をいくつかほおばった。
それはスパイシーで、
かむほどに甘くて、すごくおいしい豆だった。
会話の糸口にと、豆を勧める不器用なダン。
僕は、そんなダンがいとおしくてならない。
「I wanna marry her」
そんなふうにささやくダンの声が、
いまでも耳に残っている。
< 今日の言葉 >
超×2辛!(チョ〜チョ〜カラ)
世界一辛い唐辛子のビッグなシゲキ!
(裏面キャプション)
辛さの感じ方には個人差が
あります。小さなお子様や
辛みの苦手な方は充分注意
してお召し上がりください。
(『ハバネロ入り ビッグカツ』/㈱すぐる)