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2008/07/23

甘えんぼうな時代



「あまい棒」(2009)



自動券売機で切符を買うと、
知らない女性が僕に言った。


「おつりを確認してください」


小銭を財布にしまっていると、
さらに女性がこう言った。


「切符が出ます」


なんと親切な女性だろう。

僕は小さな声で
「どうも」とつぶやく。

けれどもその女性は、
それ以上、
何も答えてはくれなかった。


相手は「機械」。


答えてくれないのは
当たり前だ。

そう思ってはいても、
何万回に1度かの確率で、
答えてくれるかもしれない。

「機械の女性」の
気まぐれか何かで。


自動販売機も同じく。

やさしい気遣いの
言葉をかけてくれる。

こんなに
「親切な機械」が増えたのは、
いつのころからだろう。


しゃべる機械が
すっかり当たり前になり、
みんなが普通に
素通りするようになった。



海外(アジアの国)で買ってきた
カップ麺を食べようと
したときのこと。

付属の粉末スープを
開けるのに、かなり難儀をした。


つい、いつもの感覚で。

開封のための「切れ込み」を
探してみるも見当たらず
適当な箇所で引き裂いて
みようと試みるも、
四方をぐるりと密閉した
接着力の強さに
「歯」までも動員したのだが。

アルミの包装が
ギュイーンと
伸びただけだった。


結局「はさみ」という
近代文明に力を借りて、
スープの小袋を開封したのだ。


それから何日もしないうちに、
国産の、日本の食品メーカーの
カップ麺を開封したとき。

粉末スープの小袋に目を落すと、
左側に縦文字で
注意書きがしてあった。


『開封口は右側にあります』


たしかに。

説明どおり目を向けると、
注意書きの反対側に
あたる「右側」に
しっかり切れ込みがあった。

分かりやすいよう、
赤い三角形の「目印」まである。

右側にある開封口。

裏に返せば「右側」が
「左側」になるはず。


はっとした僕は、
固唾(かたず)を飲み、
おそるおそる裏返してみた。


もしや、と思いつつも。

まさか、と疑いながら・・・。


「裏面」には、
こう記されていた。


『開封口は左側にあります』


僕は驚きのあまり、
スープの小袋より先に、
自分の口をぱっくり
開けてしまった。



ほかにも、いろいろな
「注意書き」がある。


『熱湯に注意してください。
 ヤケドの恐れがあります』

『開封口で手などを
 切る恐れがあります』

『開けにくい場合は
 縦方向に破って下さい』

『落したり叩き付けたり
 しないで下さい』

『黒い点が見られますが
 品質には問題ありません』

『硬い部分がありますので
 よく噛んでお召し上がり
 下さい』

『遺伝子組み換えでない』

『この商品はピーナツを
 使った製品と同じ工場で
 製造されています』

・・・等々。


探し挙げたらきりがない。


こんな時代だからこそ。
中にはとても大切な
「注意書き」もあるだろう。


けれど。


なんだか細かくて、
たくさん書いてありすぎて、
全部読む前におなかが
ぐうっと鳴ってしまいそうだ。


なくすわけには
いかないだろうが、
頼りすぎてもまた、
それはそれでちょっとつらい。


ポットやレンジがしゃべったり、
冷蔵庫が「勝手に」氷を
作るのも当たり前の現代。

いったい「時代」は、
どこへ向かっているんだろう。

何を目指しているんだろう。


コンピュータの世界は、
年を経るごとに性能が
「倍」になると聞いた。

つまり。

今年の最高が
「500ギガバイト」

だとすると、翌年には

「1000ギガバイト
(1テラバイト)」

マシンが出てきて、
やがてそれが主流に
なるというのだ。


年々「倍加」する
コンピュータの性能。

このまま右上がりの
曲線をたどると、
2040年には
「人間の知能」を
超えてしまうそうだ。

SF映画のような話だが。

この問題について、
科学者や学者などの識者が
真剣に頭を悩ませて
話し合っているとのことだ。


便利なものを考える人は、
どんどん「かしこく」なって。

便利なものに甘える人は、
どんどん「甘えん坊」になっていく。


便利さや文明を
否定するつもりは毛頭ない。

便利さは、機能的で
合理的な発想の素にもなる。

ただ僕は、
古くからずっと
あるものが好きだし、
どこかほっと安心する。


ひねくれ者の僕は、
スナック菓子を食べるとき、


『★印をつまんで
 引っぱってください』


という注意書きを無視して、
袋の底から開けたり、
はさみを使って
開けてみたりする。


そうやってよけいなことをして、
中身がばあっと散らばったり、
はさみがチリパウダーまみれに
なったりしてみても。


僕は『うまい棒』を
膝に打ちつけて
封を開けることを、
やめようとは思わない。


なぜなら僕は、
永遠のチャレンジャーで
いたいから。