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2008/05/13

おばあちゃんのキリンのケトル






先日、雨の降る中、
閉園を迎えるという施設、
「イタリア村」に行ってきた。

朝いちばんに出かけたのだけれど、
開園前から長蛇の列ができていて、
傘の花がずらりと咲き乱れていた。

それもそのはず。

閉園セールということで、
園内のショップが半額から最大で
90%OFFという価格で商品を販売するのだ。

まさかこれほどまでとは。

軽く見積もっていた僕は、
ビニール傘をたたみながら目を見はっていた。

かくいう僕の目的は、
閉園セールではなく、また別のところにあった。


その目的とは
「記念メダル」を買うことだ。


記念メダル。
みなさんはご存知だろうか。

観光地や名所などに設置されていて、
買ったあと、日付や名前などが刻印できる
あれである。
(詳しくは『茶平工業』のHPをご参照あれ)


無事にメダルを
買うことができた僕は、
少し園内の様子を見て回った。

ここが閉園してしまうのか。
そう思うと、雨がまた妙な哀愁を
彩っていなくもない。

今までにも何度か、
いろいろな遊園地や鉄道、
観光スポットなどの閉園に「立ち会って」きたが。

にぎわっていた場所が、
諸事情によって閉鎖してしまうのは
やはり寂しいものだ。

タワーやロープウエイ、遊覧船なども、
このようにしていくつも廃れてしまった。


さて。

店舗が建ち並ぶ界隈へと足を向けると、
閉園というイメージとはかけ離れた、
お祭り騒ぎのような人だかりだった。

身の置き場に困りつつも、
見るともなしに、
にぎやかな店内を縫うようにして歩く。

たしかに安い。
あまりの人だかりに、
押され、落下し、壊れてしまった商品もあった。

人だかりから少し外れた場所に、
外国人の男女がいた。

彼は、彼女に指輪を買ってあげたらしく、
その真新しい指輪を彼女の薬指にはめ、
白い歯を見せて笑った。

彼女は嬉しそうに、
彼の顔に頬を寄せて笑っていた。

包装紙から見ても、
とても高価な指輪には
見えなかったけれど。

二人はとてもしあわせそうで、
見ている側まで頬がゆるんでしまった。


そんな中、
雑貨が並ぶ店先で僕は足を止めた。

アルミの柄の先に青いスポンジがついた、
イタリア製のモップ。

その名も『スーパーモップ』。

なぜか心わしづかみにされた僕は、
そのスーパーモップを手に、
迷わずレジに並んでいた。

そこでも例外なく、
レジ前は混雑していたが、
それほど長い列でもない。

そう思い、並んでいると、
ゆるやかに列が縮まっていく。

と、僕の横にいた若い男性が、
僕の存在を無視するかのように
前へと進んだ。

「おぉ?」

眉をひそめながらも、
彼のあとに続く年配女性へ目を向ける。

するとそのおばさんがぴしゃりと言った。


「ここ、列の後ろじゃないですよ。
 みんな、ずうっと外の方まで
 並んでるんですから」


何とも。

間違えていたのは僕の方だった。

これではただの「横入り」だ。


「そうなんですか。間違えてました」


肩をすくめた僕は、
恐縮しながらもなぜかこんなことを口にした。


「あの、ここ、
 入れてもらえませんか?」


こともあろうに、
そのおばさんの前を指して、である。

自分でもなぜ、
何の裏付けがあって
そんなことを言ったのか分からないが。

おばさんは
少し考えるふうな間をあけて、
視線をあげると、


「まぁ・・・、いいよ。入んなさい」


と、あきれたように目を閉じた。

まるでわが子をたしなめる
“お母さん”のような顔だった。

“割り込み”の僕は、
そのおばさんに深々と頭を下げてお礼を言い、
列の途中におさまった。


そのおばさんは、
ケトルと鍋、鍋つかみを手にしていた。

キリン模様に、
かわいらしいタッチで
目鼻が描かれたケトル。

同じくキリン模様の鍋と、
ワニをかたどった鍋つかみ。

目が合うと、
質問をするまでもなく
おばさんが答えた。


「これ、孫に買って行こうかと思ってね」

「かわいいですね」

「かわいいでしょ」
と、おばさんはにっこり笑った。

そのあと、付け足すように、
小さな声でぽつりと言った。


「・・・まあ、気に入らないって
 言われたら、私が使えばいいから」


おばさんは目を落として、
キリンのケトルを見つめていた。


「喜びますよ、ぜったい」


僕の声に顔を上げるとまた、
小さく笑った。

とてもやさしい、
おばあちゃんの顔をしていた。


そのあとも、
ぽつぽつと話しながら順番待ちをしていて、
ようやく僕の番がきた。

横入りの僕は、レジに立つ前、
おばさんに会釈した。
おばさんは目を閉じ、こくりとうなずいた。

スーパーモップの会計を済ませた僕は、
おばさんがレジに立つのを見て、
もう一度お礼を言った。

そこで僕は、おばさんと別れ、
人ごみを抜けると、雨の降る屋外に出た。


横入りはいけないことだ。
けれども僕は、やさしいおばさんに許された。

やさしいおばあちゃんの、キリンのケトル。
このケトルは、お金じゃ買えない。


店を出ると、
施設の関係者らしき人から
頭を下げられた。

行き交う人たちから向けられる
困惑の視線。

スーパーモップを手に歩く僕は、
どうやら業者風に見えたようだ。


横入り男の僕は、
一般客というカテゴリーからはみ出して、
そのあと1日中、業者風、または
「業者を装った不審な男」という目で見られた。

赤いビニールジャケットに、
緑の軍パン、
そして青いスポンジのついたスーパーモップ。

ガラスに映った僕の姿は、
たしかに「枠」からはみ出していた。