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2015/01/27

『穴を掘りつづける男』〜古いノートの物語〜










最近ノートを新しくした。


ひとつ前のノートをさがしていて、

そのつもりで手にした1冊のノート。


それが、もう何年も前のノートだった。




ずっと同じ形のノートを使いつづけているせいで、

ずいぶん前のノートを手に取ってしまった。

表紙に何か書いてあるわけでもないので、

開くまで、それがいつの、どのノートなのか分からないのだ。



偶然開いた、何年も前のノート。




ノートの冒頭には、

『ドラゴンクエスト』の地図が描いてある。


バトランド城、サントハイム城。

レイクナバ。コナンベリー。スタンシアラ。


おそらく『Ⅳ』だと思われるその地図は、

PS盤でやり直したときに描いたものだ。

地図の横には「フレノール」や「エンドール城下町」など、

街の名前が書いてあり、その街の商店で売っている
武器や道具の名前と値段が列記してある。


くさりがま  550G


どくがナイフ 750G



ドラゴンメイル 5200G


まどろみの剣  8000G




ほかにも、ちょっとした「メモ」が書いてある。


「天をつく大樹」


「岩山に閉ざされた王国」


「銀の女神像の話」


「天空城」

「邪悪な波動が雲にあけた穴から入口へ向かうのだ

 その天空の剣がきっと役に立つであろう」

「4つの結界」


「上→左→上(道なり)→左→下→(1周して)左

 →沼の方→階段昇→左乗る→宝部屋降→イカダ
 →左へ進む→・・・・」




そんなノートが「混ざって」いたのも、
「なんで?」といった感じだけれど。


何気なく、ぱらぱらとめくりつづけていたら、

ドラクエの、天空城への地図のあとに、
何やら長い文章が書き記されていた。


ノートの紙面を縦半分に2分割して、

10ページ以上におよび
ボールペンで書きなぐられた長い文章。



どうやらそれは「物語」のようだった。



ドラクエでもなければ、ましてや現実でもない「物語」。




書いた本人が、

書いたことすら忘れた「物語」。

文字の上に何となく目を滑らせるうちに、
気づくとその「物語」を読みはじめていた。











男の手は、休むことなく動きつづける。



スコップを握った手は、

掘りつづけることだけを命じられた機械のように、
ただ、迷いもなく、穴を掘り進む。

眠くなれば手を休め、

スコップを抱えたままその場に横たわる。

目が覚めればまた穴を掘る。


腹が減るのも咽(のど)が渇くのも気に留めず、

ひたすらに穴を掘りつづける。


もうこれで、何日経ったのだろうか。


いや、何年経ったのかも分からない。



それを笑う人もいたが、

男はまったく気にしなかった。










あるとき、男のスコップに固い物がぶつかった。



固い物体をこじり出すように、

男はスコップを突き立てた。

ごろん、と大きな石の塊が転がった。

と、次の瞬間、褐色の濁った水が勢いよく噴き出した。

男はスコップを握ったまま、うずくまり、

水流が鎮まるのを待った。


ほどなくして勢いの収まった水流は、

男の足元にわずかな濁流を残して消え去った。


「水が出るとは驚いた。

 石油や温泉だったら、今ごろ大金持ちだったのに」


男は濡れた体も気にせず、

再び掘りはじめた。



またあるとき、

掘り進んだ穴の先に、陥没する小さな穴を見つけて、
男はスコップを握る手を止めた。

小さな穴の中からは、

うっすらと光が漏れている。


「ようやく出口か」



男は少し、表情をゆるめた。



慎重に拡げた穴の向こうに現れたもの。



出口でも外界でもなく、

それは、小さな部屋のような空間だった。


部屋のなかには、

真っ白な肌をした男がいた。


白い肌の男は、ぽつんと椅子に座り、

映りの悪いテレビを見ていた。


男は、スコップを手にしたまま、

表情をこわばらせた。


白い肌の男は、迷惑そうな顔で言った。



「なぜ、こんなところを掘るんですか?」



男はスコップを下ろし、こう答えた。



「分かりません。じゃあ、あなたは、

 なぜこんなところに住んでいるんですか?」


白い肌の男は、軽く笑いながら男を見つめた。



「居心地がいいからです」



白い肌の男の瞳は、見えないほど小さく、

ほとんど顔の中に埋もれていた。


男は急に居心地が悪くなり、

白い肌の男に頭を下げると、
別のほうに向かって穴を掘りはじめた。











またあるとき。



スコップの先に何かがぶつかる感触がして、

男は掘る手を止めた。

傷をつけないように丁寧に土を掻(か)くと、

白い塊がいくつも出てきた。


どうやらその白い塊は、骨のようなものだった。


何個か掘り出してゆくと、

その骨が人間の骨だということが分かった。


さらに掘ってみると、その人骨が、

スコップを抱えたままだということに気づいた。


「きっと土砂崩れにでも遭ったのだろう。

 まったく不運な人もいるものだ」


男は骨をきれいに並べ、

たりない部分がないことを確かめると、
深い穴を掘って埋め直した。


骨を埋めて、手を合わせた男は、

目を閉じ、黙とうを捧げた。


そしてまた、

スコップを握り直した男は、
穴を掘って先へと進んだ。


「それにしても、

 あの人は何のために穴を掘っていたのだろう」


流れる汗が目に入った男は、

顔をしかめ、額をぬぐった。

スコップを抱えたまま埋まっていた白い骨のことを思い返し、

男は、真っ黒い、土の天井を見つめた。

背後をふり返るとそこには、

自分の掘った土くれが延々と横たわっている。


真っ黒い穴に、急に心細くなった男は、

先を急いで掘りつづけた。











スコップを握ったまま、

男が少し休んでいるときだった。

何やら音が聞こえてきた。


耳をそばだてて聞いていると、

その音がだんだん近づいてきた。

そうかと思うと、頭上に大きく響き渡り、

次第に小さくなって、やがて聞こえなくなった。


男は何が何だか分からないまま立ち上がり、

再び穴を掘りはじめた。




手の肉刺(まめ)は破れ、

ところどころ堅くなっている。

掘りはじめのころに較べ、

ひとすくいの土の量も断然多くなった。

その分、掘り進む距離も早く、

長くなっていた。


そんな思いに耽りながら、自分の来た路をふり返り、

満足そうに眺めているときだった。

突然、真っ直ぐな穴の脇に、

ぽっかりと横穴が空いた。


一本の光の筋とともに現れたのは、

尖ったスコップを持った男だった。

その男は、ヘルメットに灯ったライトの光を伸ばしながら、

男のほうへと近づいてきた。


尖ったスコップの男は、汚れた顔をぬぐいながら、

「どうも」と言った。

男は眩しさに顔をしかめながら、

「どうも」と答えた。


男は、頭上に響いた轟音のことを思い出し、

尖ったスコップの男に訊いてみた。


「ああ、あの音のことかい。

 あれは『キカイ』を使って穴を掘る連中の仕業だな」


尖ったスコップの男は、

軽蔑するように吐き捨てた。


「あいつらは、木の根っこや動物のすみかもお構いなしに、

 ただ決められた道をまっすぐに突き進むのさ。
 キカイを操るやつらも、人に云われて
 ただ命令どおり掘ってるだけなんだ」


尖ったスコップの男は、

首を横に振って、困ったような顔をした。

男は、尖ったスコップの男に、

さらに訊ねた。


「その穴を掘る道具は何ですか?」



「こいつは『つるはし』っていうものさ」



男は不思議そうに『つるはし』を眺めた。



「そんな細いスコップで、よく穴が掘れますね」



男の言葉に、

つるはしの男は笑って言った。


「つるはしはスコップとは違うんだ。

 掘るんじゃなくて、削るんだよ」


「変わってますね」



「今どきスコップのほうが変わってるさ」



つるはしの男は肩をすくめた。


少し驚いた面持ちの男に、

つるはしの男は言った。


「何なら、交換してやってもいいけど」



そう言われて男は、

つるはしを見つめたあと、
自分の手のなかのスコップを見つめ直した。

せっかく手に馴染んで、

たくさん掘れるようになったスコップを、
男は手放したいとは思わなかった。


「いや、いいんです。

 ぼくは、スコップが気に入っているんです」


男の答えに、つるはしの男は、



「そうか。そいつはますます変わってる」



と、少し残念そうにつぶやいた。




男は、つるはしの男と別れ、

さらに先へと掘り進んだ。


幾度となく頭上を通過する音に怖れることもなく、

男は穴を掘りつづけた。











スコップが土を掻き出し、

掻き出された土が男の背後に積み上げられてゆく。


雨も、風も、光も注がない穴のなかに、

小さな光が灯った。


出口か。


男は小さな光を拡げるようにして、

穴を掘った。



スコップを持つ立像。



男は一瞬、

鏡に自分の姿が映っているのかと錯覚した。



何十年後かの、自分の鏡像。




老いた自分の姿は、

鏡像ではなく、穴の向こうに立つ老人の姿だった。


未来を映し出す鏡ではないと分かっても、

男はしばらく、脚の震えが治まらなかった。


カンテラのような灯りをかざし、

男の姿を捉えた老人は、やがて灯りを吹き消した。


反対側から、掘り進めてきた老人。


男はその老人に訊いた。



「もうどのくらい掘っているのですか?」



そう訊ねてみたくなったのも、

老人が手にしたスコップの先が削れて小さく丸くなっており、
柄(え)の部分も、老人の手に合わせたように
摩耗していたからだ。


「どのくらいかのう。

 何十年前のような、数時間前のような。
 時間など、さして重要ではないからのう」


老人は、まっ白なひげを撫でつけながら、

遠いところを見るような目つきをしていた。


「こうして穴がつながるのは、もう何度目かのう。

 連続と連続との衝突は、
 偶然と必然との境目のずれによって生じるのかもしれんなぁ」


しばらくの静寂のあと。


老人の言葉の意味がつかめないまま、

男は口を開いた。


「穴の向こうには、何があるのですか?」



反対側から来た老人に、

男は訊かずにはいられなかった。


「何もない。あるのは穴だけじゃよ」



背中を丸めた老人は、

咳をするような渇いた笑いを闇に響かせた。


「穴のほかに、何もないのですか?」



男はさらに詰め寄った。



「人の路にあるのは、

 空虚な穴と、時間の残骸だけじゃて」


男はしばらく、考えこむように黙っていた。



「所詮、見えぬ者には見えはせぬ。

 たとえ『そこ』に在ったとしてもな」


しばらくつづいた静寂のあと、

老人がまた、静かに口を開いた。


「連続と瞬間。連続のあとの瞬間。

 瞬間が連続しながら永続していくからこそ、
 瞬間が瞬間となり得るのじゃよ」


老人は、そう言い残すと、

いつの間にかいなくなっていた。




ひとり取り残された闇のなかで。



老人の言葉を反芻(はんすう)するように思い返していると、

男はいつの間にやら眠りに落ちていた。




目が覚めると、

男は何か分かった気がした。


スコップを取り、立ち上がる。



「誰かの掘った路など、ぼくは、歩きたくない」



行き着いた結論を口に出して、

男は穴を掘りつづけた。


腕の痛みも忘れて、さらに掘りつづけた。


突き立て、掻き出し、穴を掘りつづけた。











男のスコップが、

激しくぶつかった。

岩盤のような堅い塊に当たり、

スコップが、硬い金属音を鳴り響かせた。


右も、左も。


どこへ、何度突き立てても。


まるで山びこのように、金属音が返ってきた。



土がめくれて、灰色の塊が姿を現した部分には、

ひどく平らで、不自然なほど均一な肌地が見えた。


どんどんあらわになっていくその塊は、

まるで壁のように立ちはだかっていた。


そう。



壁。



それはまさしく壁だった。



「行き止まりか・・・」



男は、がっくりとうなだれた。


スコップの先も折れ曲がってぼろぼろに削れ、

使い物にならなくなっていた。



男はしばらく、途方に暮れたまま、

目の前に立ちはだかる壁を見つめるしかなかった。



壁。



壁、という言葉に、

男はふと頭上を見上げた。



スコップを放り、

男は素手で頭上を掻き分けた。


爪がめくれそうになっても、

男は掘らずにはいられなかった。










光。





今まで見たどの光とも較べられないほどの色合いの、
眩しい光。


拳大ほどの穴は頭ほどになり、

やがて体が通るほどになった。



真っ白い光と、銀色の太陽。


青い空と、白い雲を運ぶ風。




「この瞬間、

 この瞬間のことか」


男は全身で光を受け止めた。



青い青い天井は、

いくら手を伸ばしても届きそうにないほど遠かった。



雨が降り、雨が上がり、

虹がかかり、虹が消えた。


空が赤く染まり、星がまたたき、

藍色だった空が金色に染まりはじめた。


真っ白い光と、銀色の太陽。


青い空と、白い雲を運ぶ風。



男の頭上に、再び元どおりの空が広がった。





男は急に不安になった。



壁のないこの場所で、

どこにいればいいのか分からなくなった。


壁を捜してしばらく歩いてみたが、

それらしきものは見つからない。



その代わりに。



足元に転がる、

一本のスコップを見つけた。


足元に転がるスコップの姿は、

男にとって見覚えのあるような、ないような。

遠い夢か幻のような風景だった。




太陽の光を浴びて、銀色の光をはね返す、

まっさらのスコップ。


ためらうことなくスコップを手にした男は、

迷わず地面に穴を掘り、土を掻きはじめた。











ひとつ前のノートをさがしていて、

そのつもりで手にした1冊のノート。


そこに書かれていた物語、『穴を掘りつづける男』。


物語の終わりには、


「16〜19、22〜2:30(7.5 H)」


と書かれている。


ということは、何も考えることなく、
その日のうちに一気に書きあげたのだろう。



書いた本人すら忘れていた、
遠いむかしの「物語」。


正確な年月は分からないけれど、

おそらく15年以上前のノートだと思う。


ドラクエ、そして「物語」あとには、

現実の、取材で聞いた「お話」が書き記されていた。




今回は、そんな、はてしなく古いノートに書かれた物語を、

ミヒャエル・エンデ先生の『はてしない物語』風に書いてみました。




どこが『はてしない物語』風なのかって?





現実と物語(ファンタジー)が

ごっちゃになっちゃってるとこですかね。



ドラクエ、物語、現実。



ノートの話じゃなくって、

当のぼく自身が。



「誰かの掘った路など、ぼくは、歩きたくない」



そんな言葉を反芻しながら、
男は、使いなれた鉛筆を手に、
穴を掘りつづけるのでありました。








< 今日の言葉 >



「ランランルビーのペンダント

  ドレスが光って てんてんてん」


(近所の子どもが何度も唄っていたフレーズ)