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2010/12/30

大晦日のバースデーケーキ


性別年練位国籍不詳 (2013)





ぼくの姉は、12月31日生まれだ。

いわゆる「大晦日」が誕生日なのだ。


小さなころ、
姉がよくいっていた。


「あたしの誕生日プレゼント、
 いっつもクリスマスとお正月と
 いっしょにされる」


そんなふうになげく姉だったが。
ぼくからすると、
自分の誕生日よりもいつも豪華で、
にぎやかではなやかな感じが
してうらやましかった。


というのも。

大晦日には、じいちゃん、ばあちゃんが、
大阪からきてくれるからだ。


だから、
姉の誕生日はいつもにぎやかだった。

ぼくはじいちゃんが大好きだったので、
じいちゃんばあちゃんに誕生日を祝ってもらえる
姉がうらやましかった。

自分の誕生日にも、
大阪から電話があったり、
プレゼントが送られてきたりしたことはあった。

けれど、
直接祝ってもらえることがうらやましかった。


とはいえ。

それを不満に思ったこともない。



大晦日。


じいちゃん、ばあちゃんも、
父も母も姉もいて。

鯛(たい)のお造りや鶏の丸焼き、
ぐつぐつ煮えた鍋などの
ご馳走を囲んでの「パーティ」。


そのあと、真っ白くて大きな
バースデーケーキを食べられるのだから。

すごくうれしい夢のような1日だった。


姉からすると、
なんだか大晦日のお祝いの「ついで」のように
感じたのかもしれないが。

ぼくからすれば、
大晦日に豪華で盛大なパーティを
たのしむことができたので、
すごくうれしかった。


大晦日の誕生日ケーキ。

すぐ6日後の、
31日にケーキを食べるので、
クリスマスケーキが
アイスクリームケーキだったこともある。

ドライアイスと水を入れて。
煙突からもくもく白い「けむり」が出る、
赤い屋根の小さな家。

そんな飾りが乗っかった、
冷たいアイスクリームケーキ。


幼稚園のころ、
生まれて初めての
アイスクリームケーキが食べられたのも、
姉の誕生日が大晦日だったおかげだ。


自分の誕生日が、
自分の誕生日とはまた別の
お祝いごとと重なっていたら。

たしかに、姉のような気持ちに
なったかもしれない。


年末には、いろいろな「イベント」がある。

25日にはクリスマス。

31日には『大晦日だよ!ドラえもん』。
そして年越しそばと、除夜の鐘。

1日にはお年玉。

初詣の露店と、お正月ムード漂う街のにぎわい。


そんな、
おたのしみつづきの時期にはさまれた、
姉の誕生日。


そのときはなんとも思わなかったけれど。

誕生日の「おたのしみ」が少しぼやけて、
かすんで見えてしまっていたのかもしれない。


自分自身の期待感が、というより。

お祭りムードに包まれた、
まわりの空気のせいで、
誕生日の「特別感」が
薄れてしまっていたかもしれない。



明日は大晦日。

姉の誕生日だ。


姉がどう思っているのか、
本当のところは分からないけれど。

大晦日が近づくと、
やっぱりぼくは、うきうきしてしまう。


大晦日に丸いケーキを
食べることはなくなったけれど。

じいちゃんばあちゃんと、
父と母と姉と愛犬と、
にぎやかな飾りに囲まれた大晦日の記憶が、
まるで自分を祝うパーティのように
深く染み込んでいるせいもあるのだろう。


もうすぐ、ハッピーなニューイヤーがくる。

おニューなイヤーだったはずのイヤーも、
気づけばあとちょっとで、
ラストイヤーになっていく。

すぎさったオールドイヤーたちと、
もうすぐやってくるニューイヤー。


ケーキはなくても、
やっぱりわくわくしてしまう。


なぜならニューイヤーは、
いつでもハッピーなものなのだから。



< 今日の言葉 >

『スイートポテト』だと思ったら、
『スイトーポテト』だった。


【スイトーポテトの図】



2010/12/22

おしりにつっこまれたぼくとつっこんだ彼の未来







(ちょっとながいおはなしだから、
 トイレいってからよんでね!)



数年前。

2月の寒い夜、
ひとり車を走らせていたときのことだ。


2車線の国道を走っていて、
信号が赤に変わったので停車した。

その日は日曜で、
深夜0時をまわっていたこともあり、
車の姿はまばらだった。

ふと、ルームミラーに目を向けると、
後続車のヘッドライトの明かりが見えた。


信号は赤のまま。

まだすぐには、青に変わりそうにもない。


後続車のヘッドライトがどんどん近く大きく、
どんどんまぶしくせまってくる。

停まるにしては速すぎるスピードで。


一瞬、頭のなかで、

「やばいかも、これ」

という思いがよぎった。


その思いがぼくの背筋を伸ばさせ、
ルームミラーに視線をあずけたまま、
しっかりと伸ばした両腕で、
ハンドルをぎゅっと握りしめた。

次の瞬間。


「ドン」


にぶく、重い音が、
衝撃となって突き抜けた。

思わず声にしてもらした第一声は、

「まじで?」

だった。


後続車が、ぼくの車につっこんできた。

まるで減速することなく。

走ったままのスピードで、
ぼくの車のおしりにつっこんできた。


マジでおしりにつっこんできた。

マジで恋する5秒前、ではなく。

マジでほられたその瞬間。

ぼくの座る座席がボコンとはずれて、
座席ごとずるりと前にふっ飛んだ。


マジでほられた数秒後。


停まっていたはずのぼくの車は、
ぶつかった衝撃でブレーキから足が離れて、
そのまま交差点を突っ切って
30メートルほど走っていた。


「逆トの字型」の交差点だったのがよかったのか。

それとも、たまたまだったのか。

青信号を抜ける車は、いなかった。


もし、絶妙なタイミングで
左側から車がきていたら。

おしりだけでなく、
側面にもつっこまれていたかもしれない。


つっこまれた衝撃ではずれた運転席。

その勢いでぼくは、スネを強打した。


ぼくの車には、
荷物を置ける棚が足もとにあり、
そこに両スネを強打したのだ。


「痛ったー・・・」


あまりの痛さに、
しばらく体勢を整えることすらできずにいた。


後続車の、
ぼくにつっこんだ車の運転手が降りてきた。

痛い足を持ち上げるようにして立ち上がり、
なんとか車から降り、
逆光のなかで彼と対面した。

開口一番、彼がこう言った。


「びっくりした・・・逃げたのかと思って」


続けて彼が、大丈夫ですか、
というようなことを言った。


「信号、赤だったよね?」


ぼくの問いに、彼は素直に「はい」とうなずいた。
どうして停まらなかったのか、とたずねると、


「ぼんやりしてて、信号に気づかなかった」


と、いうことだった。


逆光のせいで、
そのときはまだ、
はっきり顔が見えなかったが。

目が慣れてからも、
長い前髪にかくれて、
その表情がなかなか読み取れなかった。


細身の彼は、髪を金色に染めて、
Vネックのグレーのニットを着ていた。

ざっくり開いた胸元には、
喜平(きへい)の金のネックレスがのぞいている。

そんな、20代前半の「にいちゃん」だった。


事故証明をもらうため、
ひとまず警察に行こう、ということになり。

ぶつけられたぼくの車を、
すぐ横の牛丼店の駐車場まで押した。

店員にわけを話し、
しばらく車を置かせてもらいたい旨を伝えた。


痛みの残る足を気にしながら、
彼の車へと歩いていく。

彼の車は、白いセダンだった。

おじさんの乗るような車種に手を加え、
いかつく、やんちゃな感じにしている車だ。


運転席に回った彼が、
ドアを開け、解錠する。

そのとき初めて気づいたのだけれど。

彼の車の助手席には、
彼女らしき女の子が、ちょこんと座っていた。

室内灯に浮かび上がったその顔は、
不安そうにも見えるし、
無表情なように見えなくもなかった。

後部座席に乗り込んだぼくは、
助手席の彼女に、


「こんばんは」


と声をかけた。

なんだかまぬけな気がしたけれど、
ほかにかける言葉が見つからなかった。


「こんばんは」


こちらにふりむき、
会釈(えしゃく)をかえす彼女。

意志のこもった、
しっかりした目をしていた。

沈黙がつづくのも気まずいので、
事故の状況を話したり、
彼らのことを聞いたりして警察へと向かう。

郊外だったので、
最寄りの派出所までは
10数分ほどかかりそうだった。


そんな場合ではないかもしれないけれど。
少しでも明るい空気になるといいなと思いつつ、
あれこれと話を進めていく。


聞くと、彼らはふたりとも20代前半で、
言うにおよばず、恋人どうしの関係だ。

どこかに遊びに行った帰りか何かか、と聞くと、
彼が首を横にふって、こう答えた。


「今日は、彼女の家にいて、ずっと話してました」


「そっか」と、うなずくぼくに、
彼は前を見たままこう続けた。


「明日、子どもを堕ろしにいくんです。
 彼女、妊娠してるんです」


「えっ、大丈夫だった? さっきの?」


さっきの事故の衝撃とかで、
どうにかなっていないか。

心配だったので聞いてはみたものの。
「はい」と答える彼女の声に、

「そっか・・・」

と言ったきり、言葉を失ったぼくは、
しばらくして「寒いね、しかし」とか
不毛な言葉を投げかけたあと、
座席に背中をあずけて、
流れる風景に視線を向けていた。




信号が、赤に変わった。

彼の車が停車した。


窓の外を見ると、
彼の車の右側に、白いワゴン車が停まっていた。

これまたいかつい仕様のワゴン車だった。

助手席の窓からは、やんちゃな感じのにいちゃんが、
なにか言いたげな顔つきで、
こちらににらみをきかせている。


「見ちゃだめだよ」


と、ぼくが言うよりも先に、運転席の彼は、
にらみをきかせるにいちゃんに視線を向けた。


先ほど対面した印象で。

彼の見た目は、「誤解を招きやすい」感じがした。


不安的中。


いかついワゴンの助手席から、
にらみをきかせたにいちゃんが
勢いよく降りてきて、
ガラスごし、運転席の彼に顔を寄せた。

帽子を後ろ前にかぶったその男は、
窓を開けろ、というようなことを、
身ぶりまじりに訴えかけた。


「開けちゃだめだよ」

と、言ったか言わないかのうちに。


運転席の、
パワーウインドウのガラス窓が
ウイーっとさがった。


「あちゃぁっ」という気持ちと、
「ええっ?!」という思いが
錯綜(さくそう)するさなか。

帽子の男が、
開いた窓から手を伸ばし、
サッと車のキーを抜き去った。

まるで手品のような手さばきだった。

次の瞬間、
運転席の鍵を外から開けられ、
帽子のにいちゃんが車内にすべりこんできた。


「どけ」


彼を助手席に追いやると、
帽子の男がハンドルを握り、エンジンをかけた。


信号が、青に変わる。

彼の車が走り出した。

運転手のはずの彼は、
助手席の彼女に折り重なるようにして座り、
運転する帽子の男を黙って見つめていた。


帽子の男の運転を追うようにして、
ワゴン車があとをついてくる。

ワゴン車には、
少なくとも3人は人が
乗っているように見えた。


「おい、おまえなんだ? ああ?」


帽子の男が、やや高い、
見下したふうな声で彼に浴びせる。


「おまえ、なめとんのか? ああ?」


その吐息は荒く、
気のせいか少し酒くさかった。


「なんなんだ、おまえ? ああ?」


こたえなど期待しないかのような問いかけが
いくつもくり返されるうち、
車はどんどん走っていく。


国道をはずれ、人気のない、
暗いほうへとどんどん進む。


「おまえはどういう関係なんだ?」


ようやくぼくに気づいた帽子の男が、
ルームミラーごしに視線を向ける。


「さっき、彼の車と事故に遭って。
 これから警察署へ向かうところです」


「あ、ほんとう」


気のないような、軽んじているような。
帽子の男が視線を前に戻した。


「おまえ。ぜったい殺したるからな、おい」


いきなり高ぶった帽子の男は、
無表情のまま、助手席の彼の肩を拳で打ちつけた。


● ●


車が停まった。

信号もガードレールもない、
道はずれの場所だった。


「おりろ」


帽子の男が、彼を小突いた。


「おまえらもおりろ」


彼女も、ぼくも、だ。

ぼくは、小さなため息をひとつついたあと、
時計や指輪を外してポケットにしまい、
言うとおり車の外に出た。


寒かった。

それほど厚着をしていなかったので、
夜の寒さに身ぶるいした。


見ると、ワゴン車のほかに、
もう1台、別の車が停まっている。

正確な人数は分からなかったが。

ざっと見たがぎり、
6〜7人はいるようだった。


なかでもいかつい男がふたりいて、
背の高いやせ形だけれど骨格のいい男と、
きつめのパーマをあてた
やたらとガタイのいい男は、
どう見ても「プロ」にしか見えなかった。


どうしたらそんな
「貫禄(かんろく)」が出るのか。


彼らのほかは、
ただ離れて見ているようすで、
あまり印象にも残らなかった。


胸ぐらをつかまれた彼が、
広い場所に引っぱり出された。


「人が気持ちよく飲んどったのに。
 せっかくの楽しい気持ちが台なしになった。
 どう責任とってくれるんだ、おまえ? ああ?」


いきりたつ帽子の男が、
いきなり彼の顔面を殴りつけた。

つづけざまに2発、3発と、
拳がふるわれる。

彼が血を吐き出した。

よろめく彼めがけて、
帽子の男は助走をつけて顔面に蹴りを入れた。


彼女は、そのようすを黙って見ていた。

騒ぎたてることもなく、
おびえて顔をおおうこともなく。

ただまっすぐに、
そのようすをじっと見ていた。


「わるいな、嬢ちゃん。
 あんたにはなんにもしないからな。
 あいつが悪いもんだから、
 ちょっとしんぼうしてな」


きつめのパーマの男が、
やさしい声色で彼女に言う。

彼女は返事の代わりに、
無表情のまま、
小さくうなずいたように見えた。


「あんたはどういう関係なの?」


ぼくのほうに、背の高い男がやってきた。


「さっき、事故に遭って・・・」


先と同じように、今日2度目の説明をする。

横でそれを聞いていたきつめのパーマの男が、
聞き終わるとすぐ、彼のもとへと歩み寄った。


「おい、おまえのせいで迷惑かかっとるだろが」


言いながら男は、
彼を何発かつづけざまに殴りつけた。

男の動きは、
ボクシング経験者のそれだった。


ぼくは、
特別けんかが強いわけでもないし、
特殊な能力を持っているわけでもない。

火に油を注ぐようなまねだけは
よそうと思っていたぼくは、
見守る以外、何もできなかった。

それなのに。

ぼくの言った言葉のせいで、
彼が、殴られた。

ほかにどうすることも
できなかったかもしれないけれど。

ものすごく、
もうしわけない気持ちでいっぱいになった。


背の高い男と、きつめのパーマの男が、
ぼくのそばにきてこう言った。


「おたく、働いてるでしょ?
 だったら毎日、病院かよって。
 病院で診断書もらってこれば、
 行った分だけ金がもらえるからさ」


「大丈夫。
 あいつが払うんじゃなくって、
 保険屋が払うんだから。
 毎日『首が痛い』とか言って
 かよいつづければ、
 仕事休んでても金がもらえるんだよ」


ふたりは、やさしい声でぼくにそう言った


帽子の男は、
彼の携帯電話をまっぷたつにへし折って、
暗がりに向かって、
それぞれバラバラの方向に投げた。

彼のサイフを抜き去り、
1万円札の束をたしかめると、
サイフごと、
そのまま自分のポケットにしまった。

首のネックレスを
引きちぎるようにしてはずし、
それもポケットにねじこんだ。


血だらけの彼を、
なおも執拗(しつよう)に殴りつける男に、
背の高い男が一喝(いっかつ)した。


「もうやめとけ」


その声に、はたと手を止めた男は、
彼の胸ぐらをつかんでぐいっと押した。


「行け」


帽子の男からカギ渡された彼は、
ひとつ小さく頭をさげて、
自分の車のほうへふらふらと歩き出した。

ぼくらもそれに従い、車に向かう。


ちらりふりかえると、
男たちの仲間がワゴン車の前に立ちはだかり、
車のナンバーをかくしていた。

彼らの顔は、
ヘッドライトを点けているせいで、
逆光になってよく見えなかった。


● ● ●


車に乗り込み、
「彼ら」に見送られるふうにして
「現場」を去る。


彼は、血だらけだった。

彼にハンカチを渡した彼女は
終始無言だった。


派出所に向かう道すがら、
彼が、ぽつりと言った。


「明日の金が、入ってたのに」


それは、明日の「手術」に必要なお金だった。
そのために今日、銀行からおろしたのだという。

ルームミラーに映る彼の顔は、
ひどく腫れあがっていた。

悔しそうにゆがめた唇がかすかにふるえ、
彼が、泣いているように見えた。

もしかすると、
本当に泣いていたのかもしれない。


最寄りの派出所に着いた。

そこに警官の姿はなく、
代わりにダイヤルもボタンもついてない
赤い電話があった。


『不在の場合はこちらにおかけください』


さっそく電話してみると、
別の派出所からこちらに向かうと言って、
電話が切れた。


冷え冷えとした派出所のなかで。

ぼくら3人は言葉少なに、
警官の到着を待っていた。



「すみませんね、お待たせして」


背の低い、年輩の警官がやってきた。

彼の顔を見るなり、
警官はぎょっとして訊ねた。


「どうしたの、その顔は?」


「・・・いえ、なんでもないです」

ぶっきらぼうに答える彼に、


「そう・・・じゃあ、まあ、いいんだけど」

と、警官が腰をおろす。


「で、どうしたの?
 事故? 当てられたの?」


顔を見て、彼のほうが
「当てられた側」だと思ったらしい。


無理もない。

血はだいぶ止まったが、
唇やまぶたが腫れあがっている。


「いや、ちがう。当てたほう」


突き放すようにしてそう答える彼に、
警官が軽く一瞥(いちべつ)して、
帳簿にボールペンを走らせる。

事故の状況を説明し終えて。

警官が彼に聞いた。


「で、保険屋さんには電話したの?」


「保険は使わない」と、彼。


「自分でやるの?」


「自分でやる」


「大変だよ、自費でやってくとなると」


「うるせぇなあ!
 自分でやるって言ってるだろう」


いきなり語気を荒げる彼に、
警官とぼくとが視線を向けた。


沈黙。


顔の傷が痛むのか、
彼が表情をゆがめている。


「・・・まあ、そう言うならそれでいいけど。
 じゃあ、事故証明つくるから、
 ちょっと待ってね」



警察のことが嫌いなのか。

状況説明のあいだも、
彼は体を斜めにしたままで、
警官と目を合わせようとすらしなかった。


「おい、きみ。
 なんだね、さっきからその態度は?
 なんだと思ってるんだ?」


突然、警官が声色を変えて、
斜に構える彼にびしっと言った。

その声に、彼は少し顔を上げて、
組んでいた足を床におろした。


「そんな態度では、
 誰もいいようにはしてくれんぞ」


またしても、
彼の「損な部分」が出てしまったようだ。


あれこれ確認したあと、
事故処理の手続きがいちおう終わった。

警官が、彼の顔をちらちら見ている。

顔のケガをはじめ、
彼が目を合わせないのも、いらだったような態度も、
警官の目には不自然に映っているふうだった。


そんな彼に代わって、
ここまでのいきさつを話すことにした。

路上で「目が合って」から、ここにくるまで。


ことの顛末(てんまつ)を聞いた警官が、
にわかに顔色を変えた。


「そうなったら事件だよ。傷害と窃盗。
 なんでそれを先に言わないの」


警官が、閉じた帳簿をせわしなく開いた。


「盗られたものは?」


「ヴィトンのサイフと、5万と、
 あと、18金のネックレスと。
 携帯も壊されて捨てられた」


「5万も入ってたの?
 なにか買うつもりだったの?」


「・・・別に」


「18金のネックレスは、
 どんな感じで、いくらぐらいのもの?」


「おとうさんからもらったから
 分からんけど・・・
 これくらいの太さで・・・
 サイフは、4万もした。4万だぞ。
 なあ、絶対に戻ってくるんだろうなぁ?」


「それはなんとも言えないけど。
 被害にあった金額は、
 詳しく聞いておかないといけないから」
 

「っていうか。捕まるんだろうな、犯人?」


さきほどとは立場が一転したかのように。
こんどは彼が警官をにらみつけながら、
聞き返す。


「たしかな約束はここでできないけど。
 私らが言えるのは、まあ、
 犯人を捕まえるために頑張る、
 ということだね」


「頑張る? じゃあ、
 捕まえられないこともあるってことか?」


「私たちの力不足、ということもある」

「じゃあ、いま、
 犯人の検挙率って何パーセントなんだ?」


「だいたい、14パーセントくらいだ」


「はぁ? 14? たったそれだけか」


押し黙る警官に、さらに彼が言い募る。

「それじゃあ、オレが盗られた金とかは、
 86パーセント戻ってこないってことかよ」

と。

たしか、彼は
そんなようなことを言っていた。


警官も警官で、
少し感情的になってきたのか、
自分たちがどれほどベストを尽くして
頑張っているかを熱弁しはじめた。


彼女は石のように、ずっと押し黙っている。


熱くなったふたりをなだめる感じで、
気づくとぼくが
あいだを取り持つ格好になっていた。


そんなふうにして。

派出所でのやり取りが終わったのは、
午前3時半すぎだった。


● ● ● ●



警察から手配してもらった積載車が、
ぼくの車の止めてある牛丼屋の
駐車場に入ってきた。


車が積み終わるのを見届けると、
彼と彼女は帰っていった。

彼とは後日、会う日取りを決めてあった。

整備工場も開いていない時間なので、
ひとまず積載車で、
車といっしょに自宅まで運んでもらうことにした。


明日は朝から仕事だというのに。

東の空が、
ほんのり明るく染まりはじめていた。



業者さんの車はぼくの車とは違い、
暖房がよく効いて暖かかった。

もともと助手席では眠らないのだけれど。

短時間にいろいろありすぎたことと暖かさで、
さすがに睡魔がやってきた。


けれども、
家までの道のりを説明する必要もあったので、
眠ってしまわないよう、
後ろに積まれたぼくの車の話や、
ここまでのできごとなど、あれこれ話した。


信号が、赤に変わった。

空がみるみる明るみはじめて、
太陽の姿も見えてきた。

喧噪(けんそう)を帯びはじめた街が、
日の出とともに目を覚ましていくようだった。


信号が、青に変わった。

青に変わったはずなのだが。

なかなか車が前に進もうとしない。

ふと見ると、
運転手の男性が目を閉じ、
口を半開きにしていた。


爆睡。


ついさっきまで
しゃべっていたはずなのに。

運転手の男は、
一瞬にして眠りに落ちていた。


ややしゃくれぎみにあごをせり出し、
思いっきり眠っている彼へ。

言葉の代わりに、
左ふくらはぎを軽く小突いた

はっとして目を開けた運転手は、

「んごッ」

と、ひとつ鼻を鳴らして、
あわてて身を起こしながら、
何ごともなかったかのような感じで発進した。


そんなこんなで。

家に着いたのは、朝の6時半すぎだった。



● ● ● ● ●



後日、念のため病院へ行き、
医者に診てもらった。

レントゲンも撮ったのだけれど、
どこにも異状は見られず、
まったく問題はなさそうだった。

ただ、首の前部の筋肉が、
スノーボード帰りのような筋肉痛で、
それよりもかなり軽い筋肉痛が
両腕にあるほかは、
たいしてどこも痛くはなかった。

車のようすや、事故の状況を聞いて。


「これで無傷だとは信じられない。
 そうとう丈夫なのか、
 それとも運がよかったのか」


というようなことを言われた。


たしかに。

時代が古くて
ヘッドレストのないぼくの車では、
むちうちになってもおかしくはない。


車も、後部にエンジンがあるにも関わらず、
衝突部分がべこんと大きくへっこんで、
両サイドのドアを囲うボディまでもが
変形していたそうだ。


きつめのパーマの男に聞いた助言には従わず。
通院することなく、
病院はその1回きりで終了した。



そして。

彼との再会の日。

場所は、駅前の喫茶店だった。


菓子折りを手に現れた彼は、
少し傷も癒(い)えたようで、
昼間に見たせいもあってか、
前よりも明るく爽やかな表情に見えた。

病院での診断書を手渡し、
事故が、物損だけで
済みそうだということを伝える。


あれほどかたくなに、
自費で払うと言っていた彼だったが。

保険を使うことに決めたそうだ。


事故の話がひととおり済んだので、
コーヒーを飲み、タバコを吸いながら、
近況などをたずねてみた。

はじめのうちは重く感じられた彼の口も、
徐々にほぐれていき、
やがてぼくは完全な聞き役になっていった。


警察からの連絡は、
まったくないままなのだけれど。

「手術」は無事終了し、
彼女とふたり、元気にやっていると。

いまは彼女と暮らすために、
お金を貯めるんだと。
まっすぐな目で、誓うように彼が言った。


これまでの彼は、
なにもかもが「中途半端」だったらしい。

バイトも、学校も。
職場も転々と変わって、
何ひとつ長続きしないという負い目があった。


けれど。

これからは、頑張ってやっていきたい。
今度こそ、と彼は思っているそうだ。


最近、彼の母親が再婚したらしく、
あたらしく「おとうさん」になった人は、
新聞販売店を経営しているのだという。

18金のネックレスは、
そのおとうさんからもらったのだと聞いた。

まずは新聞配達員として勉強して。
いずれは「1店舗まかせる」と、
おとうさんに言われているので、
いまはそれに向けて頑張っているのだと。

そんなことを、
きらきらした目で、ぼくに話してくれた。


あれこれと迷い、
不安を抱える彼に向けて。

ぼくのほうが少しだけ歳上だったこともあり、
最後はなんだか先輩ぶって、


「いい未来を考えてやってたら、
 いい感じになってくと思うよ」

などと言ってみる始末で。


「事故して謝んなきゃいけないのに。
 ぼくのほうが逆に、
 はげまされちゃったみたいで」

彼がそう言ってぎこちなく笑った。

そしてなぜか、
「おたがい頑張ろう」みたいな感じで別れて、
彼の乗った電車を見送った。


よく晴れた日の午後だった。



失ったり、手に入れたり。

壊したり、なおしたり。


物質的なことは別として。
事故は、したほうも、されたほうも、
たいして変わらないのかもしれない。

損得ではない、もっと別の部分の話で。



ぼくのおしりにつっこんだ彼。


彼は、いまごろどうしてるのだろう。

新聞販売店の経営者になって、
彼女となかよく暮らしてるのだろうか。


あれから10年近く経ったけれど。

おしりにつっこまれたぼくは、
まだまだおむつを履いたままだ。


あのとき。
保険屋から支払われたお金で、
事故の前と同じ車種を買った。

車体の色が、青メタリックから
黒白の2トーンに変わり、
1965年式から、1971年式へ。


買ったときからボロボロの、古い車。


あれから10年近く経ったけれど。

相変わらずボロボロなぼくの車は、
いまではすっかりぼくの車だ。




このながいおはなしのきょうくんは、なんでしょうか。


 1:くるまにきをつけよう

 2:いかついひとにはきをつけよう

 3:あかしんごうではなにかがおこる


よいこのみんなも、
おうちのひとといっしょにかんがえてみましょう。



< 今日の言葉 >

「バラモン? なにそれ、怪獣?」

(インドのカースト制度を
 知らない人の言葉)