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2009/01/27

197センチの歳下の店長


「ふっくら」(2007)



ワールド・カップ・イヤーのある年。

カナダへ行く旅費を
稼ぐために、バイトをした。


以前にもふれたことは
あると思うけれど。

「アダルト・ショップ」でのアルバイトだ。


アダルト・ショップ。

扱うものは、
ご存知「アダルトなグッズ」だ。


セクシーな下着、
おもちゃ、器具や媚薬(?)、
そしてDVDや書籍など。

DVDは、新品だけでなく
中古品の販売・買取もしている。

書籍は、雑誌をはじめ、
マンガ、写真集、
実録物など多種多様だ。


そんな「アダルト・ショップ」。

実は働くまで、
まともに入ったことは
一度もなかった。

まだ毛も生えていない幼少期、
いたずらに店を覗いたことはあるけれど。

それっきり、
まるで縁のない場所だった。

ではなぜ、
そこでバイトしようと思ったのか。

「おもしろそうだから」

それ以外に、
はっきりとした動機は
なかった気もする。


                 #


『スタッフ募集』の文字を見て、
ふらりと入った1軒の店。

外からは、
中の様子がまるで見えない。


店に入って、
迷路のようなつくりに
まず驚かされた。

ピンクや赤い文字の踊るDVDが
びっしり詰まった、背の高い棚。

店いっぱいの棚が壁のように立ちはだかり、
複雑に入り組んで見える。

そのせいで視界が遮られて、
店内を一望することができない。

アルバイト募集の件を聞きたくて
店に入ったのだが。
店員らしき人の姿が見えない。

どこからか、
商品を整理するような物音だけが
聞こえてくるのだけれど、
その姿が見当たらない。

店に入ったとき
「いらっしゃいませ」
という声はした。

だから、店員はいるはずだ。

どこかに、きっと・・・。


ふだんの生活で口にすると、
周囲から白い目で見られるような単語が
ずらりと並んだ陳列棚。

僕は、
見えない店員の姿を探しながら、
頭のすみでふと、
ブルース・リー先生の『燃えよドラゴン』の
クライマックス・シーンを思い出した。

鏡ばりの部屋の中で、
ブルース・リーがハン(敵のボス)と
戦う場面だ。


「すいませーん」


僕の問いかけに、
「はい」という返事が聞こえた。

声を追って歩く。

と、そこに姿はない。

追うほどに離れていく、
まぬけな追っかけっこを演じつつ。

僕は、
『燃えよドラゴン』というより
『パックマン』を連想した。


パックマン。

エサをぱくぱく食べながら、
追ったり追われたりするゲームで、
アーケード・ゲームの
「はしり」ともいえるあれだ。


小走りで棚の切れ間に向かう。
すると突然、目の前に
すうっと大きな人影が現れた。


「わ、でかい・・・」


およそ2メートルはありそうな、
高さだけでなく、幅もある影。

その首元に提げられた
「STAFF」の札。

これが、
僕と店長との「出会い」だった。


聞くと、
店長の身長(ややこしいね)は、
197センチあるとのこと。

黒ぶちのメガネをかけ、
髪は、襟足とサイドを
清潔に刈り込んでいる。

また、
身長に負けないほど立派な体格で、
ゆうに100(0.1トン)は超えていそうだ。

実際、戸口に立つ店長は、
縦だけでなく横のすきまも
「きつきつ」に見えた。


僕がまだ「研修中」だったころ、
店長は、レジに立つ僕を
後ろから見守っていた。

バックヤードと
レジブースとをつなぐ「裏口」。

縦200×横60センチの間口に
ちょうどすっきり収まった店長の姿は、
巨大マトリョーシカのような感じだった。


そんな店長から、
面接時に言われたひとこと。


「怒ったりしても、
 キレてボクのこと
 殴ったりしませんよね?」


当時、ヒゲで坊主頭の僕は、
店長の目に「そう」映ったらしい。

最初、冗談かと思った僕は、笑いながら、
「殴らないですよ」と答えたけれど。
けっこう本気で言ってるんだなと、
遅れて気がついた。

店長を見ると、目も口も、
少しも笑っていなかったからだ。


店長は仕事のできる人で、
「頭のよい人」という感じがした。

研修期間をすごし、
仕事を教わりながら、
だんだんお互いの距離が近づいてきて。

店長の使う「敬語」が
気になりはじめた。

店長と、一店員。

どう考えても上下関係は、
はっきりしている。

店長は僕に指示を出すとき、
いつも「頼んでいる」ような感じだった。

しばらくして。

その答えは、
向こうからやってきた。


ある日、
店の様子を見がてら、
「本部」の人がやってきた。

当然、
新人である僕との
「面通し」もあった。

本部の人と雑談していて、
その人が、僕より年下だという話になった。

すると本部の彼は、
店長に向き直り、こう言った。


「じゃあ、
 △△(店長の名字)くんより
 3つ上ってことだね」


そうなんだ、と思いつつ、
店長をふり返る。

どうしたことか。

店長の顔は、色を失い、
写真のように固まっていた。


その顔は、
「まずい」というような
表情だった。


その顔の意味を考えて、思った。

『仕事をする上で、立場上、
 できれば「歳下」という事実を
 伏せておきたい』

深読みかもしれないが。
僕の目には、そんなふうに映った。

もしマンガなら、

「ギクッ」

という擬音が聞こえそうなほど、
店長の動揺は「たしかなもの」だった。


                 ##


店長は、声が渋い。

特に電話ごしに聞く声は、
妙に「いい声」だった。

そんな声で
ローションの種類や
バイブレーターの陳列方法、
AVメーカーの特色などを聞いていると、
なんだかおもしろくもあった。


研修期間が終わって。
いわゆる「フリーター」の僕は、
店長に次いで、多くの時間働いていた。

そのうち店長とも、
仕事の話だけでなく、
その日の出来事や
ちょっとした雑談なども
交わすようになった。

引き継ぎのときなどに、
少し早めに行ったりすると、
一緒に店に立つこともあった。

そんなとき、
店長がよく口にしていた
フレーズがある。


「腰が痛いんで、
 座ってもいいですか?」


基本「スタッフ」は
立ったままでいるのが原則らしいが。
店長は、律儀にも断りを入れてから
「よいしょ」と座る。

イスのない店内のすみ、
冷たいリノリウムの床の上に。

その姿はまるで、
『仙台四郎』の置物のようだった。


ある雨の日。

店長は、びしょ濡れの
雨ガッパ姿で現れた。

上下セットアップの
紺色のカッパには、
ところどころ銀色っぽい
反射素材がついていた。

視界部分が透明になった、
フードをかぶって。

その姿はまるで、
少し太った鉄人28号のようだった。


店長は、通勤するのに
バイクを使っていた。

バイクといっても、50CC。

いわゆる「原付」に乗って、
1時間ほどかけてやってくる。

外回りを掃除しているとき、
原付にまたがる店長を見た。

その姿はまるで、
ボリショイサーカスの
クマのようだった。


そして思った。
もしあれが原付じゃなかったら、
通勤時間がもっと
短縮できるんじゃないかと。

重みで車高がぐっと下がった原付は、
蒸気船みたいな白い煙をポクポクと吐き出して、
横を走る車にどんどん抜かれていた。


夏を前にしたある日。
店長にクーラーのフィルター掃除を頼まれた。

天井4カ所に据え付けられた
クーラーのカバーを外し、
水洗いするという仕事だ。


「ボクは高所恐怖症なんで、
 お願いします」

そう言われて僕は思わず、

「背が高いのに?」

と返しそうになったが。
何だか楽しそうだったので、快諾した。


当日、
目にホコリが入ると嫌なので、
家にあった、
ピンクの水中メガネをはめて掃除した。

ピンク色に染まった「ピンクの」世界を
脚立の上から見下ろすと、
すごくおもしろい風景に見えた。


棚に並んだ書籍を数えるとき

すぐに数を数え間違えてしまうので、
僕は「野鳥の会」が使うような
カウンターを持参した。

カチカチとカウントする僕を見て、
店長は歳上のような顔で、小さく笑った。

ピンクの水中メガネのときも、
同じだった。

そのさまはまるで、
気だてのやさしい
森の巨人のようだった。


ある真冬の夕方。

くたびれた顔つきの店長は、

「忙しくて昼メシ食えなかったんで。
 いまからちょっと買ってきていいですか?」

と言った。

数分後、
吉野家の牛丼(大盛り)と
みそ汁を買って戻ってきた。

倉庫みたいに冷たく
殺風景なバックヤードで、
上着も脱がず、
地べたにちょこんとあぐらをかいて、
食べはじめた。

冷蔵庫のように冷えたバックヤードで。
店長は、湯気にメガネを曇らせ、
汗をだらだら流しながら、
大盛りの牛丼をかき込んでいた。

その姿はまるで、
蒸したての巨大肉まんのようだった。


少し足を伸ばして、
わざわざ吉野家まで行って
きたというのに。

買いに行くのにかかった時間の、
何十分の一かの早さで食べ終わった店長。

だったらお店で食べてきてもよかったのに、
と僕は思った。


トイレットペーパーで汗を拭う店長の姿は、
もはや「つゆだく」ではなく「汗だく」だった。


                 ###


そんな店長に、
カナダ行きの日取りを切り出した。

それは、辞める時期を
告げるということだ。


その日から
ひと月ほど経って。

店長は、僕より先に辞めた。

一度だけ理不尽なことで
注意を受けたけれど。

すごくまじめで、いい人だった。


「いや、これは客が返品にきた商品で、
 仕方なくボクが買い取った物なんで、
 おもしろくもないし、
 あんまり好きでもないんですよね、
 こういう洋モノは・・・」


などと言葉を濁しながら。

店長が
金髪外国女性のDVDを売りにきたときは、
何とも言えない気持ちになったが。

店長との日々も、
僕の心のアルバムの中で、
きらきらと光る思い出のひとつだ。


アダルト・ショップでの日々は、
いつかまた、書かせてもらうとして。

洋梨型のシルエットを見ると、
ふっと思い出す。

戸口に立つ、店長の姿を。

マトリョーシカを見ると、
手に取って思わず開けてしまう。

何かの手違いで、
店長が中に入っていないかと。


<今日の言葉>

いつか作った 手あみのピエロ
フロントグラスで 踊っているわ
これが最後の ドライヴかしら
私のお家は もうすぐそこね
さそわれたのが 恋のはじまり
それなのに それなのに
愛の終わりを 待ってるふたり
待ってるふたり
ラララララ・・・

(「最後のドライヴ」弘田三枝子/作詞:橋本淳)