2018/06/29

空腹と好奇心










☆ ★





よく晴れた週末。

男3人、ギャラリー訪問をすませたのち、

すぐそばの海辺で車を停めて、

あたりを散策した。


海へと延びる堤防。

くたびれた顔つきで横たわるトヨタのバン。

ただじっと笹舟みたいに浮かぶ一艘の舟。



見知っているものばかりなのに、

どこか知らない国の風景みたいに見えるのは、

時間の流れがちがうせいなのか。

それとも組み合わせのせいなのか。


こたえよりも好奇心。


海へとつづく道のように延びる堤防は、

突端まで行かずにはいられない引力がある。


護岸に停泊する大型船。

正面から見ると、

巨大な河童みたいな顔をしていた。



















大型船のすぐ横、

小学校低学年くらいの女の子2人が、

もっと小さな女の子を連れてやってきた。

ふたりの女の子の手には、

立派な釣り竿が握られている。


半袖半ズボンにサンダル履きという軽装で、

背丈の倍以上もある釣り竿を持って歩くそのさまは、

人生の空き時間を釣りに費やしてきた

熟練者のような風格をそなえていた。


海面をのぞき込むなり、

女の子のひとりが声を上げた。


「ああ、ここの水、死んどる」


幼き少女が吐くとも思えない、

手練(てだれ)な表現に、

本当は女の子の皮をかぶった

おじさんなんじゃないかと疑いたくなる。


けれどもその情景がごく自然な流れで、

小気味よかった。


堤防の突端に到着。

そこに、何かあるわけでもない。


ただ、水平線が数メートル近づいた、

それだけのこと。


それでも満足感を覚えたぼくは、

背後の友人ふたりをふり返り、

ちょっと得意げな気持ちになるのであった。













護岸へ向かい、

停泊している大型船を横から臨む。


大型船の背後には、

あまり見なれない形の船が停泊していた。


船体が低く、平坦なこともあり、

実際よりも細長く見えるその船には、

たくさんの廃鉄が積まれていた。



























その鉄が、どこから来てどこへ行くのか。


想像の上では、

はるかな海を越え、

遠く外国へと運ばれていく映像が浮かんでいた。


気になったので、

船の上を歩き回るおじさんに声をかけ、

聞いてみた。



実際には、

近隣から回収した廃棄鉄を、

対岸の半島にある製鉄場へと輸送して、

再び製鉄としてよみがえらせるということだった。


がっかりこそしなかったが。

なるほど、と、まじめ顔でうなずいた。



そこからまた移動して、

すぐに車を停車して。



砕石置場を「見学」した。






















車に戻って走らせること数分。

またしても車を停めて、

気になる形の公衆便所でおしっこをした。


雄(おす)の本能たるマーキング行為、

・・・などではなく。

尿意への単なる返答である。


円形の公衆便所は、

内部も円形状だった。












ちなみにぼくの通っていた中学校は、

校舎が円形の「円校舎」だった。


中央に螺旋(らせん)階段があり、

周囲に扇型の教室がある。

上から見ると、

いただきもののバウムクーヘンを

なかよく4等分したような形状で、

南側の教室は夏暑く、

北側の教室は冬が寒いという、

物理的にいた仕方がない特徴を備えていた。


外周のバルコニーは、

ぐるりとつながっていたので、

その気になれば、何周でもぐるぐる回れる構造で、

授業中、こっそり教室を抜け出して、

ほかの教室をのぞいて手をふって無事に帰還する、

という命がけのミッションを遂行したものだ。


ほんの数回だけ上がった、

屋上からの景色。


あのときに見た青い空と白い雲の風景は、

やたらと近く、そのくせ広大な感じがして、

いまでもなぜか忘れられない。



閑話休題。



用を足したぼくらは、

「せり」などを行なう

市場(しじょう)らしき建物をのぞいてみた。


操業時間外の市場はがらんとしていて、

物だけが静かに点在していた。


整然と、清潔な感じでならんだ物たちや、

いましがた飲み干したかのような空き缶たちが、

ここが現行の場所だということを

しゃべらずともしっかり伝えてくれる。





























満足して車に乗り込む。


ふだんは運転席に乗ることが多い。

助手席からは、景色が見放題だ。


わくわくするものたちが、

めまぐるしく、車窓を流れる。



興味は尽きない。

しかし、腹が減った。



近くにお店の姿はない。


こういうとき「女子」がいないと、

空腹よりも好奇心が優先されてしまうおかげで、

ちょくちょく「食事難民」となってしまう。


時刻は16時前。

昼食は、食べていない。


いわゆる「難民タイム」真っ盛り。


友人のひとりは、

本日、晩ごはん担当のため、

19時ごろには帰宅せねばならない。



「ひとまず、市街地に向かおうではないか」


地元ではないけれど土地勘のあるぼくが先導に立ち、

ナビ&ゲーションをすることになった。


途中、外国人の集団が、

砂浜でバーベ&キューをたのしむ姿があった。


仲間に入れてもらおうかと本気で思ったりもしたが。

花形であるはずの鉄板の周りは閑散としていた。

みな、もうすでにお食事タイムが終わって、

ビールを片手に、ゆったりくつろいでいる時間帯だった。
















途中、何度か道草をしながら、

ようやく市街地へとたどり着いた。

時刻は16時半。


記憶をたよりに、

お目当ての喫茶へ向かう。


「あ、ここだよ」


お店の灯りも点いている。


なんとか間に合った。

安堵に、ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間、

車を停めてお店の入口に向かうと、

さっきまで点いていたはずの電気が消えていた。


「ななな!!!」


なんと。

ちょうど終業。

店員さんが帰っていく、背中が見えた。



空腹のぼくらは、

仕方なく「足で見つける」ことにした。



そこからほど近い、

商店街へと足を進める。


























商店街を彩る街灯。

何度か来たことのある商店街ではあるが。

いやおうなしに、わくわくする。


心は遊びたがっている。


おなかは食べたがっている。


気持ちは歩きたがっている。


体は見つけたがっている。


行き着くべき場所を。




商店街を歩いていると、

ほどなくして、

年配の男性に声をかけられた。


「あんた、32歳、童貞かね?」


いきなりの第一声に、

ぼくは思わず、そして何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、


「はい。32歳で童貞です」


と、即答した。



その男性は、目の前の、

半分シャッターの下りたお店のご主人で、

ふらふらと歩くぼくらの姿を見るなり、

すぐさま声をかけて近づいてきたのだった。


男性の風体は、

コリー犬のような色合いの、

明るい茶色と白色の混ざった髪の毛をやや伸ばし、

えんじ色が主のセーターに灰色のスラックスを履き、

足元は、国語の先生みたいな黒色のサンダルを履いていた。


ぼくら3人のうち、

ぼく以外のふたりは既婚者で、

だからこそぼくだけにそんな声をかけたのかと思い、

(そういえば前日「3人のうち、ぼくだけ童貞だ」と、うそぶく夢を見た)

ちょっとだけ「ほほぅ!」と感心したりしてみたものの。


友人たちふたりにも同じように声をかけたあと、

男性は、本題のようにして話を先に進めた。


どうやらその男性は、

目の前のお店のほかに、

結婚相談所(人?)のような仕事をしていて、

よかったら結婚相手を紹介するよ、ということだった。


そして男性は、

ぼくら3人に名刺をくれた。


写真入りの名刺だった。



写真の中の男性は、

目の前の男性よりもふっくらとしていて若々しく、

髪の毛は全部、赤茶色だった。


黒い礼服に白ネクタイ。

丸く切り取られた写真の中で笑う男性と、

目の前の男性が同一人物だということは、

名刺をもらった当人でなければ

わからないことかもしれない。



『記念品・贈答品専門の店』

『結婚相談所』

『市民葬祭』



裏面には、


『いい出会い 素敵な結婚を演出する』

『個人葬から社葬まで葬儀一式』


というショルダーコピーが、

大きな文字で記されている。



名刺を頂戴したぼくらは、

空腹なことを告げ、

どこかおすすめのお店はないかと男性に尋ねた。


「その道をまっすぐ行って・・・」


男性は、結婚相手ではなく、

おいしいうなぎ屋さんを紹介してくれた。


男性と別れて、

言われたとおり、

さっそくそのお店をさがしてみた。


きちんと聞いたはずなのに。

どうもお店が見当たらない。



行き場を失ったので、

ここは本能に頼ることにした。




どこからともなく、

いいにおいが漂ってくる。


駅裏の雑居ビル、『中華料理 リキ』。







ビルの2階、『中華 リキ』。








薄暗い階段をのぼり、

折れ曲がった廊下を進んで、

『餃子 リキ』。










看板ごとに肩書きはちがえど、

いいにおいの源『リキ』の扉が、

目の前にある。


「ここで、いいかな?」


ふたりの返事をたしかめる。


うなずくふたり。



こうしてぼくらは、目と鼻を駆使して、

行くべきお店をたぐり寄せたのであります。



お店に入り、カウンター席に座る。

厨房が一望できる、特等席だ。










「はい、いらっしゃい」


よく冷えた水の入った、

透明で肉厚のコップが3つ、

各人の目の前に置かれた。


しばしメニュー表に目を落したのち、

何の迷いもなく、

裏面に書かれた手書き文字の、

「炒飯・餃子」のセットに決めた。










3人ともが、

炒飯・餃子のセット。


注文を伝えると、

白衣を着たお店の男性は、

柔和な笑顔で復唱した。


巨大な五徳(ごとく)に載せられた中華鍋。

マッチを擦って火を点ける。


冷蔵庫から、琺瑯(ほうろう)のバットを取り出す。

形のそろった餃子が、うつくしくならんでいた。


手際よく、無駄のない動きで、

調理の準備が進んでいく。


鉄の鍋から熱気が立ちのぼる。


炒飯のための、かたまりの豚バラが、

賽(さい)の目状に切られていく。

角にひとつ穴の空いた大きな中華包丁は、

西遊記の悪者が持っていそうだ。









たくましい腕。

おおきな背中。

音、におい、色、形。


お店の男性の動きはまるく、無駄がなく、

力加減が絶妙に見えた。


調味料を小さじですくう

その手つきは繊細で、動と静との調和を感じた。



いいにおい。

おなかが、ものすごく減ってきた。


半分開いた窓からは、

アパートのベランダらしきものが

すぐそばに見える。


いまいるお店と近接しているのか。

それとも、ロの字型につながっているのか。

住居らしき建物のベランダには、

洗濯物が風にゆれている。


年季の入ったコンクリート。

ぎしっとつまったその感じは、

いまはなき九龍(クーロン)城を彷彿(ほうふつ)とさせる。


て、行ったことはないんだけどね。



できあがったばかりの炒飯と餃子が、

もわもわと湯気を立ちのぼらせて、

カウンターに置かれた。













「いただきます」



そうして食べた炒飯・餃子は、

たいそうおいしくて、

3人ともが、

まるで学校帰りの高校生のような勢いで

夢中で食べたのであります。



「ほんまにあれはうまかったなぁ、しかし」


などと、横山やすし風には

誰ひとり言っていないけれど。


帰りの車中でも、

何度か話題に出た『リキ』の炒飯・餃子セット。


こうしてぼくらは、

空腹難民から救われた以上に、

大満足の笑顔で帰路につきました。






★ ★





それから幾日か経った、

また別のある日。



商店街を散策していて、

しばらくすると、

おなかが空いてきてしまった。



おなかが空くのは、

わかってはいることなのに。


またしてもそれを忘れて、

夢中で歩き回っていたのであります。


















時刻は14時すぎ。



めちゃくちゃ近い、というわけではないが。

めちゃくちゃ遠い、というほどでもない。


ということで。


またしても『リキ』に向かった。



駅前の駐車場に車を停めて。

迷いなき足どりで『リキ』へと向かう。


看板の、電気は点いている。

よし。


薄暗い階段をのぼり、

折れ曲がった廊下を進んで。


まっすぐ伸びた廊下の途中、

変わらぬ顔で『リキ』の赤い扉があった。











たった2度目なのに、

ちょっとなつかしいような、

来なれた場所のような。

なんだかすこし、変な感じがした。


「はい、いらっしゃい」


2度目の来店。

同じカウンターでも、

先回とは別の角度から見える場所に座った。


先回とちがうのは、座る場所だけではなく、

カウンター内、男性のほかに、女性がいること。


そして窓が閉まっていること。

代わりにクーラーが、涼やかな風を送っていた。



注文はもう決まっている。

そう。

炒飯・餃子のセットだ。


注文を復唱しながら、

女性がふわっと表情をくずした。













待っているあいだ、

カウンター内で繰り広げられる「劇場」を、

わくわくしながら味わった。


女性は、おそらく男性の奥さんであろう。

交わす言葉は少なくとも、それぞれが、

それぞれの仕事をてきぱきとこなす。


男性が、中華鍋をふるう。

女性が、餃子を並べて焼いていく。

手の空いたとき、女性が、

窓際で餃子を包んでいく。


手際よく調理された「炒飯・餃子セット」が、

湯気を立てて、カウンターに置かれた。


「いただきます」


やっぱりおいしい。

いや、このまえよりもおいしく感じるくらいだ。


電話が鳴った。

女性が出た。


「はいリキです」


切れたみたいだ。

もう一度鳴った。


「はいリキです」


予約のお客さんらしい。


男性が電話をする。


「バラ300と・・・」


材料の注文のようだ。


お客さんが入ってきた。


「あら、いらっしゃい」


常連さんのようだった。


「天津麺」


「飯じゃなくって、麺のほうね?」


確認する女性に、うなずくお客さん。


鍋が男性、

餃子などが女性の担当。

最初はそれが「持ち場」なのかと思っていたが。


天津麺の注文を受けた女性は、

マッチを擦り、中華鍋を温め、

手際よく具材を切りはじめた。


卵を割って、具材をまぜて。

天津麺の「天津」の部分を調理する。

同時に麺もゆでていく。


女性の動きもまた、

男性同様、

まるくて無駄のない、落ち着いたものだった。


そう。

けっしてあわてない。

火や食材との対話ができているようだ。


調味料を小さじすくう、繊細な手つき。

その動きも、男性の動きそっくりだった。


レードルで調味料をすくう手つきも。

自然に手をはなしたレードルが、

容器におとなしく静かに沈んでいくさまも。


男性と同じく繊細で、熟練者のそれを感じる。


かと思えば、

何の申し送りもなく、

先ほどまで女性が座っていた窓ぎわに移って、

男性が餃子を黙々と包みはじめている。












具材をスプーンですくい、

広げた皮に置いていく。

くるっと周囲に水をつけて、

きゅきゅっとひだを作って、包んでいく。


その手つきにはリズムがあり、

ふわっとつまんだり、ぎゅっとつまんだり、

ぎゅぎゅっとおさえたり。

一定ではあっても強弱があった。


意味や裏づけを感じる、特異な動き。

力みがなく、無駄のない、円滑な動き。


それを、ずっとやりつづけた人。

やりつづけてきた人だけが知る「加減」。

やりつづけてきた人の持つ動きのまるさ。


長く、ずっとやりつづけてきた人。


男性も女性も、

おなじ熟練者だった。


そして、歩調がそろっている。



途中、

天津麺の常連さんが、

きょろきょろあたりをうかがっていた。


その姿を見るやいなや、

男性も女性も、

何を探すべきかを心得て、

客席やカウンター内に目を向けた。


どうやら常連さんは、

新聞を探していたらしい。



空腹も満たされ、大満足。

よく冷えたお水でのどを潤し、

食後の一服でゆっくりくつろぐ。



「ごちそうさまでした」


「はい、ありがとうございました」


カウンターの中に、

柔和な笑顔がふたつならんだ。




お店を出たあと、

先回は行けなかった、ビルの内部を歩いてみた。


薄暗い廊下の先にはトイレがあった。

男女兼用、ピンクと緑のあざやかなトイレだった。






















古めかしいエレベーター。

白い三角形のボタンがとてもいい。


階段を上がると、廊下はさらに薄暗く、

そこが公共なのか私用なのか、

どちらかわからない感じがした。



















もし入っちゃいけない場所だったのなら、

ごめんなさい。




おなかも満たされ、

好奇心も満たされ、

大満足の再訪問。




特に結論づけるつもりもないが。



空腹 VS 好奇心。


歩いていけば、おもしろいものに出会える。


何かをしていても、していなくても、

どうしたって、おなかは減る。


おなかが空いたら、

何か、食べればいい。


おしっこは、

したくなったらしたらいい。



そんなふうに思った次第であります。





< 今日の言葉 >


カタッポー&モーカタッポー

(コンビで活動するときのために考えた、コンビ名)