2010/08/16

夏休みの思ひ出〜スナイパーと消えたブルマたち


中学生のころ、
夏休みに「プール登校日」というものがあった。

長い休みのなかで、
久々にみんなに会える日でもあるのだけれど。
あんまり(学校の)プールが好きじゃなかったぼくは、
プールのためにわざわざ学校へ行くのはいやだな、
と思っていた。


けれども、
ぼくらは部活動(バーレーボール)で
毎日、学校にいた。

夏休み中、
終日休みだったのはお盆休みの3日くらい。

全国大会出場を目指し、
早朝から夜遅くまで練習にあてていたぼくらの部は、
年間を通しても休みが5日ほどしかなかった。


「1日休むと3日遅れる」


それが、ぼくらの顧問の金言だった。


夏休み。

バレーボールは本来、
屋内で行なう競技なのだが。
午前中は、体育館をほかの部が使っているため、
炎天のもと、屋外の、運動場で汗を流した。

汗と砂にまみれて、
ぼろぞうきんのようになりながら。
昼ごろにはシャツから「塩」が吹く。


とにかく。

夏休み中、
そんな感じで毎日学校にいたため、
「プール登校日」をサボろうにも顧問にバレてしまう。

忘れたふりで、練習に参加していても。


「おい、1組は今日、プールの日だろ」

と、顧問がちゃんと記憶している。


「海パン、忘れたんです」

などと、いいわけをしてみても。


「おい、▲▲(先輩の名前)。海パン貸してやれ」

と、動物のごとき毛深さで、
しょっちゅうインキンにさいなまれて
股間をかいている先輩から海パンを差し出される。

あせったぼくは、


「あ、ありました、海パン。
 ・・・すみっこに入ってて分かんなかったな」


そんなふうに、安い芝居を打って、
しぶしぶプールに向かったこともある。


プールに行ったふりをして、
どこかでサボろうと考えたこともあるけれど。
それもなんだかさみしかったので、
実行するには至らなかった。


さて。


そんなプール登校日のある日。

全身まっくろに日焼した友人や、
ベルーガのごときまぶしい白さの友人や、
ぼくらのように、
ソデ焼けで、マレーバクのようにみごとな2トーンカラーになった
友人たちとの再会にはしゃぎしつつ。

わいわいとさわぎたてながら、
プールへと向かう。


コンクリートのプールサイドで。
体育隊形に開いて準備体操をしていると、
クラスメイトのひとりが、ぽつりと言った。


「あれ、Mッチ(仮名)は?」


「あいつ、夏休みのプールって、いっつもこないよな」


「小学校のときも、そうだったし」

ほかのクラスメイトが口をはさむ。


「へぇっ、そうなんだ」


「そういやあいつ。いままでプールって、入ってたかな?」


「どうだったかなぁ・・・」


「ハダカになれないわけとかあんのかな」


「すっごい毛が生えてるとか」


「ジャイアンなみの出べそかもよ」


「すっごい入れ墨が、入ってるとか」


胸を開き、腕を大きく回しながら、
ぼくらはそんなことを話していた。


シャワーを浴びて、
消毒槽に腰までつかり、
いざ、プールに入水。

はじめの5分間くらいは、
ちょっとしたサービスタイムで、
「自由」に水と戯れていい。

男子も女子も、
水につかってキャッキャと声を上げている。


そんなふうにして、
プール登校日がはじまった。


それぞれが、先生の指示のもと、
25mプールのなかを
所せましと泳いでいく。

笛の合図で飛び込んで、
25m先の「岸」まで泳いでいく。


自分の泳ぐ番を待って、
列に並んでいると、
誰かが空のほうを指差して、声を上げた。


「あれっ、いまあそこに誰かいたっ」


「どこ?」


「あそこ、体育館の屋根」


「うそだぁ・・・、あ、ほんとだっ、なんか動いた」


「なんか光った!」


ぼくらはプールのことも忘れて、
体育館の屋上あたりに視線を集め、
じっと凝視しつづけた。


太陽光に、
きらりと光る、
無機質な物体。



ピストル、


スナイパー。


ぼくらの脳裏に、
およそふだんの生活には登場しないような響きの、
殺伐とした「妄想」が走る。


「あ、あれ・・・・」


クラスメイトのひとりが目を細め、
何やら言いかけた、そのとき。


「何しとるんだ、おまえら」


先生の怒声が割り込んだ。


分かってる仲間は、
そんなことを先生に告げたりはせず、
黙って列に戻り、
視線だけは体育館屋上に注いでいた。


けれど、
「まじめな」クラスメイトが、
正義感たっぷりに申告した。


「体育館の屋上に、誰か人がいるんです」


その言葉に、
屋上あたりをちらりとうかがった先生は、


「そんなこと関係ないだろ、早く泳げ」

と、正直者の背中をパシッと叩いた。


順番がきて、
プールに飛び込み、
なめらかな水のなかを泳いでいく。

先で待っていたクラスメイトに追いつき、
泳ぐ手をゆるめる。


「なんだった、さっき?」

言いかけて飲み込んだつづきを聞いてみる。


「あれ、たぶんMッチだった」


「えっ、何?」


「あそこにいたの、Mッチだった」

クラスメイトは、肩まで水につかって「かくれ」ながら、
確信にみちた顔で言い募る。

「あれ、Mッチだった。おれ、目、合ったもん」


彼の自信は、有無をいわさぬ説得力があった。


「Mッチ・・・か。
 あいつ、あんなとこで何やってんだろな。
 プールも入らず・・・・」


「バズーカ砲みたいな、でっかいカメラ、持ってた」


クラスメイトが、声をひそめて証言する。


「あいつ、たぶん、女子の写真撮ってるんだと思う。
 水着の写真を」


「ええっ」

ぼくは、何とも言えない驚きに、声をつまらせた。


「なに、どうした?」

野球部の友人が合流する。


目撃者本人が、
詳細を話して聞かせると、
野球部の友人が声を上げた。


「この前も、部室に落ちてたエロ本に、ウチの学校の、
 女子テニス部の先輩のパンチラ写真が投稿されててさ」


「あ、おれも、それ見せてもらった」


「それも、あいつなのかな・・・」


プールサイドにあがり、
たらたら話しながら歩いていると、
うしろからまたひとりが加わった。

彼は、小学校が同じということもあり、
Mッチのことをよく知っているひとりだ。


「昔っから、すごくおっきなカメラで、電車とかの写真、撮ってた」


そんな証言を得たぼくらは、


「やっぱり、あれはMッチだ」


という確信を深めた。


そして思った。


屋上から「ターゲット」を狙う行為は、
ある意味で本気の「スナイパー」だったと。


生々しすぎて。

湿っぽすぎて。

なんだか悲しくて。


ぼくらはそのことを、
あまり口外しなかったのだけれど。


どこからか、
その「噂」はすぐに広まり、
やがては女子たちのあいだにも浸透していった。


ブルマを盗まれたことがある、とか。
体操服がなくなった、だとか。


そんな話も浮上して、
すべてを「彼」に結びつけて考えはじめる人もいた。


冗談みたいな話題もあれば、
深刻で、笑いのかけらもないものもあった。


屋上のスナイパーと、消えたブルマたち。


それが「彼」の仕業なのかどうか。
ぼくには分からない。


けれども思った。


彼はプール登校日、その場にいなかった。
思えば、いつもいなかった。


そして彼は、
バズーカ砲みたいなカメラを持っていた。



プール登校日。


サボらずに行ってよかった。

もし、サボっていたら、
事件現場に立ち会えなかったばかりか、
ぼくも「ホシ」のひとりとして、
ブルマ泥棒の容疑までかけられていたかもしれない。



いや、それはないかも。



火のないところに煙は立たない。
そうあるべきだと願いたい。


もし、ブルマが欲しけりゃ、
こそこそ盗んだりせず、
すなおに「ちょうだい」と言うはずだ。



だって。



女の子から盗むのは、
ハートだけで、充分だから。



< 今日の言葉 >

『うほほーい、んちゃ』

(「おーい、お茶」のペンギン村バージョン)

2010/08/08

不連続読み切り小説〜 『天国と地獄』


      ●

お空の上の、もっともっと上。
太陽の光がやさしくふりそそぐ、のんびりとした世界。
そこでは、住人たちが、おだやかに暮らしています。

木かげに寝そべって楽器を弾いたり、
果実酒を飲みながら本を読んだり。
追いかけっこをしたり、空をぼんやり眺めたり。

人びとはこの世界を「天国」と呼びます。



ある日のこと。
ひとりの男が「天国」へ送られてきました。

いましがた天国へ着いたばかりで、
右も左も分からぬ男は、
どうしたものか考えあぐねて、
すぐそばの石段に腰かけました。

きょろきょろと辺りをうかがい、
みんなのようすを見ているうちに、
男は、ここがいわゆる「天国」だということに気づきました。


(ややっ。どうやらおれは、天国に送られたらしいぞ)


男はうれしくなって、すっくと立ち上がり、
その場で小躍(こおど)りしました。

見よう見まねで、
男は、その場に寝そべったり、
果実酒を飲みながら本を読んだり、
風に流れる雲を眺めたりしました。


しかし、幾時か経つと、
男は退屈に思いました。

ふと見ると、
すぐそばで凧(たこ)をあげる男がいます。


(ややっ。なんだか、たのしそうだな)


風に乗った凧は、
どこまでもどこまでも高くあがり、
青い空のなかに見えるか見えないかほどの
小さな点になっています。

居ても立ってもいられず、
男は、凧をあげている男に話しかけてみました。


「たのしそうですね」


「そうですか?」

凧あげの男は、そっけなく言いました。


「ええ、たのしそうに見えますよ」


「そうですか、そう見えますか」


凧あげの男は、
満足でも不満でもないような笑みを浮かべて、
凧の糸をあやつりつづけます。


「その凧、どこで手に入れたんですか?」


男の質問に、凧あげの男は、
すこしだけ間をあけてからこう答えました。


「どこでも、ないですよ」


「どこでもない?
 じゃあ、どこに売ってるっていうんです?」


ややいらついた感じで聞き返す男に、
凧あげの男は、たっぷりとした間をあけてからこう答えました。


「どこにも、売っていませんよ」


困り果てて口を閉ざす男に、
凧あげの男は、すこし笑ってこう言いました。


「自分で、つくったんですよ」


「ああ、なるほど。だから・・・」


「そう。だから、どこにもない」


男の答えに、
凧あげの男は満足そうにうなずきます。


「どうやってつくったんです?」


答えが聞きたくて待ちきれない男は、
答えを待つ前に、次の質問を投げかけました。


「むずかしいですか? ぼくにもできそうですかね?
 やっぱり、自分でつくるってのはおもしろいですかね?」


凧あげの男は、
しばらく空のはるか高くの凧を見つめてじっとしていましたが、
ずいぶんと長い沈黙のあと、
とつとつと答えはじめました。

あまりにも長い沈黙だったために、
もうすこしで男は、その場から立ち去るところでした。


「むずかしいとも言えるし、かんたんとも言える。
 あなたにもできるだろうし、できないとも言える。
 おもしろいかおもしろくないか、ということより。
 わたしは凧をつくろうと思ったからつくったまでで、
 おもしろいかおもしろくないかなんていうことは、
 わたしにとって、重要なことではないんです」


凧あげの男は、唄でも唄うように、
のんびりとした口調でよどみなく言いました。


なんだかくたびれた男は、
凧あげの男にお礼を言って、
その場を立ち去りました。


すこしばかり休憩しようと思い、
男は、木かげに座りました。

けれども、またすぐに立ちあがり、
あてもなくふらふらと歩き出しました。


石ころをたくさん並べる人。
小枝を削ったり組み合わせたりして、何かつくっている人。
ただただ空を眺める人もいれば、
ぶつぶつと数を数えている人もいます。

大きな鍋で、なにやらぐつぐつ煮込んでいる人がいました。
男は、すぐそばまで近よってみました。
けれども、
いい匂いはするのですが、
不思議と腹が減っていないことに気がつきました。

ずいぶん歩いたのに、疲れることもありませんでした。


歩くのに飽きて立ち止まると、
どこからか、笛の音が聞こえてきました。

その音色に耳をかたむけていると、
別のほうから「やあ」という声がして、
男はふり向きました。


「やあ」


髪の長い男が、にこにこと立っています。
自分に話しかけたのだと気づいた男は、
小さな声で「どうも」と返しました。


「きみは、ここにきたばかりのようだね」


「はい」とうなずく男に、髪の長い男は、
満足そうな笑みを浮かべました。


「あなたは、もう、長いんですか?
 ここにきて・・・」


男が何を聞きたいのかすべて分かったかのように、
髪の長い男は、静かにうなずきながら、こう答えました。


「長いのか短いのか、それすら分からないくらい。
 もうずっとここにいるよ」


髪の長い男は、
すぐそばにあったイスを指し示し、にこにこと微笑みました。
ふたりは小さなテーブルをはさんで、イスに腰かけました。
イスに座るか座らないかのうちに、
男は彼にいろいろ聞いてみたくなりました。


「どうしてあそこの人は、
 あんなにもたくさん石を並べているんですか?」


「さあ・・・。並べたいから、じゃないかな」


「ずっと並べているんですか?」


「そうだね、ずっとだね。
 いつから並べているのか分からないくらい、もう、ずっとだね」


「たのしいんですかね?」


「どうだろうね」


「あの人は、ずっと空を眺めたままですよね」


「そうだね」


「ずっと、ですか」


「そうだね。ずっと、だね」


「何か、意味があるんですかね?」


「どうだろうね」

髪の長い男は、カップにお茶を入れながら、
ゆったりとした口調で続けました。

「ほかに、することがないんじゃないかな」


「ほかに、って・・・。
 ほかに、いろいろありそうなのに」


「どうぞ」と、お茶を注いだカップを差し出し、
髪の長い男は、静かに口もとをゆるめました。


「ほかに、なにがありそうかな?」


「ほかにも、いろいろありますよ。たとえば・・・」

突然、質問される側に回った男は、
すぐに答えが出てきそうもないので、
渇いてもいない喉を潤すためにお茶を飲みました。


「凧をあげたり、本を読んだり。何か、つくってもいいだろうし」


「ほかには?」


「ほかには・・・・」

答えにつまった男は、カップのお茶を口もとに運びました。


「いろいろ、やってみたのかもしれないよ。彼らも」

髪の長い男が静かに言います。

「唄を唄ったり、踊ったり、さわいだり。
 布を織ったり、料理をしたり。
 自然界の謎を解き明かそうとしてみたり、
 まだ誰も行ったこともない場所へ行ってみたり。
 そんなことが、いろいろあって。
 石ころを並べたり、空を眺めたりすることが、
 いろいろとやってみた結果、なのかもしれないよ」

男は、カップを口もとに当てたまま、
黙って話を聞いています。

「意味とか、理由とか。
 そんなものは、本人にしか分からない。
 もしかすると、そんなものは、ないのかもしれないし。
 あの人にとっては、石を並べることがいちばんのすごしかたで、
 あの人にとっては、空を眺めることはいちばんのすごしかただって。
 そういうこと、なんじゃないのかな」


「すごしかた?」

男は、疑問をそのまま口にしました。


「そう。すごしかた」

髪の長い男は、目を閉じ、ゆっくりうなずきました。

「ここには、朝も夜もない。
 いってみれば、ずっと『昼』のような状態だから。
 寝ても覚めても、ずうっと昼。
 昨日も今日も、明日も昼。
 毎日がずうっと昼なんだ」


男は、はっとしたようにあたりを見回しました。

たしかに。

さっきからずいぶん時間が経ったはずなのに、
光の色も、影の濃さも、
景色はまるで変わっていません。


「だから。
 時間は、永遠にある

繰り返すようにして、髪の長い男が続けます。

時間だけは、たっぷりある。
 その『時間』をどうすごすのか。
 そのすごしかたで、長くもなるし短くもなる。
 すごしかたひとつで、濃くも深くもなれば、
 はてしなく続くばっかりの『時間』にもなるから」


男は、何も言えず黙っていました。

永遠、時間、すごしかた。

そんな言葉を口のなかで転がしながら、
ぼんやりと手もとのカップを見つめていました。


「そのカップも、ぼくがつくったんだよ」


「えっ、そうなんですか・・・。
 てっきり、どこかで買ってきたものかと思いました」


見事な装飾がされた、陶器のカップ。
とても「手づくり」には見えないカップに、
男はあらためてじっくり見入りました。

髪の長い男は、昔話でも話すように、
カップができあがるまでの話を男に聞かせました。

土を採ってきて粘土をつくり、
拾い集めてきた石を積み上げて窯をつくり。
さらに、鉱石を砕いて釉薬(うわぐすり)をつくって、
薪(まき)になる木を拾い集めてカップを焼きあげる。

そんな話を、男は、
淡々と、それでいて退屈な感じではなく、
ていねいに分かりやすく話していきました。


「お店も、お金も。
 ここには、ないから」

髪の長い男が、ひとつ笑って、こう続けました。

「このイスも、テーブルも、ぼくがつくったんだよ。
 カップにくらべると、これはたしかに苦労したけど」


「そうでしょうね。テーブルやイスは、大きいですからね」


「いや、大きさじゃなくて。木、をつくるのが大変だったんだ」


テーブルやイスを作るための材料である「木」。
種を植え、芽吹かせ、やがて立派な「木」となるまで。
まずはその「木」をつくることからはじめたのだと、
そう聞かされて、男はたいそう驚きました。


「なんども失敗したぶん、すごくいい木が育ったんだ」

そう言って髪の長い男は、
テーブルの木肌をなでながら、目を細めています。


「木から、ですか・・・」

男は、驚きをそのまま口にして言いました。

「どれくらい、かかったんですか?」


髪の長い男は、
静かに首を横にふって、こう答えました。


「時間なんて忘れるくらいの時間だよ」


男は、分かったような分からないような顔で、
笑みを浮かべました。


「きみは、もう何か見つけたの?」


「いや、まだ・・・きたばかりで何も・・・」

男はそわそわと落ち着きなく、あたりを見渡しました。
けれども、答えになりそうなものは、
何も見当たりませんでした。


「何か、やってみたの?」


「いや、まだ・・・。
 その、どうしたらいいのか、分からなくて・・・」


困り果てた男は、
ほかにすることがなく、カップのお茶を口もとに運びました。
けれども、カップは空でした。


「時間はたっぷりあるからね。
 何をやったっていいし、何もしなくてもいい。
 ここでは、どうすごそうが、それぞれの自由だからね」


髪の長い男が、ポットに手をかけました。
男は、新しいお茶が注がれるまえに、
こう切り出しました。


「あなたは、何か、見つけたんですか?」


手を止めた髪の長い男は、
ポットをいったんテーブルに置き、
まっすぐ男を見つめて微笑みました。


「そうだね・・・・。
 こうして、おしゃべりすること、かな。
 ぼくは、人とおしゃべりするのが好きだから。
 そのために、こんなテーブルやイスやなんかをつくったんだ」

髪の長い男は、両手を広げて、
少し照れくさそうに笑いました。


男はすこし黙ったあと、

「・・・そうですか」

と、小さく答えました。


そして、すっくと立ちあがり、
男がぼそりと言いました。


「もう、行きます。
 そろそろ、行かなくちゃ・・・」


「そう? じゃあ、またいつでもきてよね」


「はい、そうします」


「ありがとう。今日はたのしかったよ」


「こちらこそ、どうも」


男は、笑みを浮かべる男をちらりと見ただけで、
その場をそそくさと立ち去りました。



歩きながら、男は考えました。


腹も減っていないのにメシを食べたり、
酔いもしないのに酒を飲んだり、
眠くもないのに眠ったり。

ずうっと凧をあげつづけたり、
石ころを並べたり。

誰かとおしゃべりするためだけに、
豪華な模様のテーブルやイスやカップなんかをつくったり。


「ぜんぶ無意味だ。
 イスなんて、座れればいいのに。
 あんなのは、ぜんぶ無駄だ。
 ぜんぶぜんぶ、時間の無駄だ」



ずいぶんと歩きつづけた男は、
さみしげな界隈(かいわい)にきていました。


どうやらここは、天国の「果て」のようです。
ここには石ころばかりが目立って、
人の姿は見当たりません。


(こんな退屈な場所、おれには合わない。
 ここには退屈以外、なんにもありゃしない。
 もっと別の、もっといい場所があるに違いない)


石ばかりの小道を歩きつづけて。
男は、小さな池のほとりに着きました。

黒い、水たまりのような、穴のような。
ほの暗い水面(みなも)をのぞき込んだ男は、
ゆれる水面に、極彩色の風景を垣間(かいま)見た気がしました。


昔見た、懐かしい風景のような。


男は目を閉じ、
ざわめく水音に耳をかたむけました



     ●●



赤々と燃えあがる炎。

煌煌(こうこう)ときらめく針の山。

真っ黒な釜が、悲鳴のような音をあげて煮え返る。


地獄。


人びとが「地獄」と呼ぶこの場所では、
「鬼」たちが獄のすみずみにまで目を光らせている。


渇きに飢え、
干からびてしまいそうになりながら、
追いかけても追いつけず、
すぐ目の前にある水が飲めない人。


大きな石の塊(かたまり)を押し転がして、
ようやくの思いでてっぺんまで運び終えたかと思うと、
ごろごろといちばん下まで転落して、
何度も何度もくりかえし、
石の塊を押し転がしつづける人。


煮えたぎる釜で泳ぐ人や、
針の山を駆けあがる人、
食べては吐いてをくりかえす人もいる。


みな、持ち場を与えられ、
そのなかで競争している。

みな、割り当てられた仕事量をこなすために、
人より少しでも「上」へ行くために。
競いあったり、足を引っぱりあったり、
奪いあったりしている。

自分のことでせいいっぱいで、
目の前のことでいっぱいで
他人や明日のことなど考えていない。


また、今日も昨日のくりかえし。
明日も今日のくりかえし。


そのくせ未来におびえつづける。
まだ見ぬ未来に不安を抱く。


いつになったら、ここから解放されるのか。

この次は、いったい何が待っているのか。


人びとの不安はつきない。




ある日のこと。


ひとりの男が「地獄」に送られてきた。

いましがた地獄に着いたばかりで、
右も左も分からぬ男は、
よく分からないまま、
人びとが並ぶ列の最後尾についた。


「いったい、これは何の列なんですか?」


聞かれた男は、
額をつたう汗をうるさそう拭いながら、
こう答えた。


「知らねえよ」


仕方なく、
また別の男に聞くことにした。


けれども、どれも答えは同じだった。


それでも聞きつづけるうち、
何人目かに、
やせた男がこう答えた。


「ここで仕事をふり分けられるんだよ」


なるほど、とうなずいた男は、
さらにそのやせた男に聞いてみた。


「どうやってふり分けられるんですか?」


「知らねえよ」

やせた男が、ぞんざいに答えた。

「ただ、あっちが決めてくれるだけだ」


やせた男は、
うしろから割り込んできた男に罵声(ばせい)を浴びせ、
その男と口論になった。


「やだねぇ、まったく・・・」

背の高い男が、ぽつりとこぼす。

「これだから素人(しろうと)は困るんだ」


「あなたは、もう、長いんですか?」


男の問いかけに、
背の高い男は深々とうなずき、こう答えた。

「ジジイがババアになるくらい、それくらい長いあいださ」


その言葉の意味するところは分からなかったが、
長い、ということは分かったので、
男はまた別の質問をした。


「ぼくたち、どうやって仕事が決まるんですか?」


「そんなの、黙ってりゃ決まるよ」

背の高い男が、さもあたりまえのように答えた。


「黙ってりゃ、って・・・。
 じゃあ、ぼくたちの希望とかは関係ないんですね」


「きぼう?」

背の高い男が眉をひそめた。

「なんだそれ? それって役に立つものなのか?」


男は返す言葉がなくなり、口を閉ざした。

と、禿(は)げた男が、
列に割り込みながら、早口にこう言った。


「希望なんて、あんた、持ってんの?
 針の山がいいとか、釜ゆでがいいとか。
 そんな希望、あるっていうわけ?」


たしかに、そんなものはない。
男が答える間もなく、禿げた男が言葉を続けた。


「そんなのどれも嫌に決まってるじゃないか。
 できればどれもやりたくない。
 消去法でも決められないから、
 だからおれたちここに並んでるってわけだろ」


「オレは違うぜ」

二枚目の男が、割り込んできた。

「オレはオレの運命を信じる。それだけだ」


「けど、自分じゃ何も決められないんだろ?」

主の分からない声がした。


「誰だ、いま言ったやつ!」

二枚目の男が、声のしたほうに消えた。


「人間、図星を指されると感情的になるもんだ」

また別の、主の分からない声が聞こえた。


「言われたことを、言われたぶんだけ、
 言われたようにやってりゃいいんだから。
 こんなに楽なことはない」


「そうだな、まったく。
 自分じゃなんにも考えなくていいんだからな」


「肉体的な苦痛なんて、
 精神的な苦痛にくらべりゃ、ささいなもんだ」


「ノルマをこなして、点数さえ稼げりゃ。
 そうすりゃ『上』に行けるんだもんな」


「その『上』っていうのは、どこにあるんですか?」

男が口をはさんだ。


「『上』は『上』に決まってるだろ」


「上って、天国のことですか?」


「バカか。『上』は『上』でしかない。『上』は『上』だよ」


「けど、上には天国があって。
 天国は、自由だって聞きました」


「天国なんて、幻想にすぎんよ」


「自由だって? そんなもの、オレからすると拷問だね。
 そういう意味じゃあ、オレにとって『天国』は『地獄』だよ」


「本当の理想郷(ユートピア)は、地獄(ここ)だよ、若いの」


「言うとおりやって、はみださなけりゃ。
 案外、楽なもんだ。
 あの針山だって、釜のなかだって。
 見た目ほどきつくないんだぜ。
 派手に見えるのも、みんな『演出』なんだから」


この言葉には、何人かの耳が反応したようすだった。


「ようするに、慣れ、だよ」

また別の声が言った。

「ただ黙ってこなしてりゃ、
 メシだってなんだってもらえるんだからな」


「汗かいてメシ食って屁ぇこいて寝る。
 明日もそれのくりかえし。
 なんにもしんぱいするこたねえ。
 こんなしあわせ、ほかにないだろ?」


「けど、明日になって、違う持ち場に回されてたら・・・・」


「それを言うなよ・・・」


「ああ、お先真っ暗だな・・・」


一同に暗い空気が漂い、
誰もが口を閉ざした。


しかしその沈黙も、
遠くから聞こえた罵声によって
すぐにかき消された。

列をなす人びとの群れに、
またしても活気がおとずれた。


まるで何ごともなかったかのように。


赤々と燃える炎が、
闇を舐めつくすかのような勢いで燃えさかり、
人びとの姿を赤く浮かび上がらせる。


ごうごう、ぎいぎい。


がぁがぁ、どんどん。


漆黒のなかに、
煮えたぎる釜の音や金属のきしむ音、
遠くこだまする悲鳴などが、
音楽のように響く。


「早く並べ、遅れるなっ」


無機質な静寂のなかに、
指示を飛ばす「鬼」たちの声がとどろく。


「列を乱すな、私語は慎めっ


群衆に背中を押されながら、
男は、ぼんやりと空を見上げた。

真っ暗で、よどんだ、
もやがかった空。


(上、か・・・・)


列のなかで、
男は中空をにらみつづけた。


(言うなりなんて、おれには無理だ。
 おれにはおれの、意志ってもんがあるんだ。
 おれはここから出てやる。ぜったいにだ)


男は拳(こぶし)を握りしめ、
ひとり大きくうなずいた。


(自分の道は、自分で決める。
 おれに必要なのは『自由』だ)


男は決意した。


(神さまに相談しよう。そうすれば・・・。
 きっとここから出してくれるに違いない)


真っ黒な空を見上げながら、
男はまたひとつ、大きくうなずいた。

そして、列が進むのをじっと待った。


(ああ、早く「神さま」の前まで進まないかな)


列は、遅々として前に進もうとせず、
まるで止まっているかのように見えた。


(こんな不自由な場所、おれには合わない。
 ここには不自由以外、なんにもありゃしない。
 もっと別の、もっといい場所があるに違いない)


男はぎゅっと唇を噛みしめて、
自分の順番がくるのを待ちつづけた。


黒のほかには、
赤色ばかりが目につく地獄のすみで。

怒声や罵声、ため息や悲鳴を耳に受けながら、
男は目を閉じ、自分のなかで理想郷を思い描いた。




     ●●●



(ややっ、ここはどこだろう・・・)


男は、どうやら眠っていたようです。


(はて、ここは天国のようだが。
 ・・・・どうもようすがおかしいぞ)


あたりは真っ白。
白以外まったく見当たりません。


男は思い出しました。

「地獄」の不自由さに不満をもらし、
望みどおり「天国」へ送られたことを。


そして、いま。

「天国」の退屈さに不平を並べたて、
目を覚ますと、何もかもが真っ白になっていたのです。


男は思い出しました。

地獄で聞いた、こんな言葉を。


「自由だって? そんなもの、オレからすると拷問だね。
 そういう意味じゃあ、オレにとって『天国』は『地獄』だよ」


そのときはまったく分かりませんでしたが。
いまでは男も、その言葉の意味が分かる気がしました。


話し相手も、遊び道具も、何もない。

ただあるのは、真っ白な「時間」と「自由」だけ。


真っ白い、平穏な光と、
真っ白に、澄み渡った空気。


前にも、後ろにも。

上下左右、どこを見渡しても。

あるのは「真っ白」な時間だけです。


(けっきょくおれは、「地獄」に送られる運命だったんだな)


ふと見ると、
男のすぐそばに、
真っ白な立て札(ふだ)が立てかけてありました。


何も書かれていない、
真っ白な立て札。


男はふふっと、声もなく笑いました。



ここが天国なのか、
それとも地獄なのか。

それは、自分で決めるべきことだと。



真っ白な立て札は、
さもそういいたげな顔つきで、
男を見下ろしています。


もちろん立て札は、
そんなことを言ったりしませんが。


天国を地獄にするも、地獄を天国にするも、
自分しだいなんだと。


「けっきょくのところ、どこでも同じってわけか」


境界線すら見当たらない、
何もかもが真っ白な景色なかで。

男はひとり、そう思うのでありました。





     おしまい






< 今日の言葉 >

ぼくのポテトはちんちんちん

ちんちんポテト マイクロマジック

レンジでチンすりゃハグハグホグホグ

マイクロポテトマイクロマジック

マイクロマジック ちんちんポテト

マイクロマジック ちんちんポテト

(大塚食品『マイクロマジック』のCM/チンチンポテトの唄)