2010/04/20

9割が見た目









人間、9割方、
見た目で決まると聞いたことがある。

その人の印象は、
第一印象で決まってしまうということだ。


先日、風呂上りにどうしても
ポカリスエットが飲みたくなったので、
外出着に着替え、外に出た。

深夜零時を回った夜更け。

ポカリスエットを求めて自動販売機を探した。


いままで、
よくポカリスエットを買っていた
最寄りの自動販売機は、
最近、撤去されてしまった。

ポカリスエットの自動販売機が消えたのは、
ちょっとさみしいことだ。


そんなこともあって、
コンビニではなく、
自動販売機を探して歩き続けた。

探してみると、意外に見つからない。

自動販売機自体はあるのだけれど、
ポカリスエットの入っている自動販売機がない。

次こそは、と思って見てみる。

けれどもコカ・コーラだったり、
BOSSだったり、Delightだったり。

ポカリスエット(大塚製薬)の販売機は
なかなか現れない。


深夜に煌煌(こうこう)と光を放つ自動販売機。

光を求めて飛び回る蛾のように、
自動販売機から自動販売機へと足を運び続ける。


もう、コンビニに行ったほうが早い。


そう思ったりもしたけれど、
ここで折れるのはくやしいので、
湯冷めする体も気にせず、どんどんと足を進めていった。


背後から、車の近づく気配がした。


その車は、ぼくのすぐそばまできて
ゆるやかに速度を落とした。


ゆっくりとした速度で、あやしく近づく車の影。


振り返ると、
白と黒とに塗り分けられた、あの車だった。

運転席と助手席には、
青っぽい制服を着た人が乗っている。


けいさつだ。


けいさつの姿を見ると、
何もやましいことなどしていないのに、
なんとなくやましい気持ちになる。


夜の街を巡回するパトカーは、
あきらかにぼくの姿を見て、速度を落とした。


ポケットには千円札が1枚。

身分を証明するものは何もない。

職務質問をされても、
これでは分(ぶ)が悪い。


ちらりとけいさつの姿を
一瞥(いちべつ)して。

心の中で舌打ちしながらも、
そのまま歩みをゆるめず、
ゆっくりと足を進める。

背筋は4月に入社したばかりの
フレッシャーズのようにぴんと伸ばして。


速度をゆるめたパトカーが、
そのままぼくの横を走り去った。


内心、ほっとひと息しつつも、
そんなことはおくびにも出さず、
再び自動販売機探しに専心した。


そんなこんなで、
ついには駅前に着いてしまった。


駅前は、自動販売機天国とでも
言いたくなるようなほど、
明々と光を放つ販売機が林立していた。


それなのに。


ポカリスエットの自動販売機は、
見当たらなかった。


それでもあきらめず、
ポカリスエットの自動販売機を探して
うろうろしていると、
背後から、またしても
白黒カラーのパトロールカーがやってきた。

水の上をすべるような静けさとなめらかさで
近づいてきたパトカーは、
先ほどの焼き直しかと思えるほどの正確さで、
ぼくのすぐ横で速度を落とした。


そして、ぼくの姿(顔を含めた容姿)を「目視」した。


眼光鋭い、
冷ややかなまなざしで見すえられたぼくは、
自動販売機探しの旅を中断した。


コンビニはすぐそばだ。


また別のパトロールカーの姿も見える。


初志を断念したようで
後味はすっきりしないけれど。

風呂から出て、何も飲まずにいたので、
喉の渇きも限界だった。

これ以上うろついていて、
けいさつに話しかけられても困るので、
結局ぼくは、
コンビニでポカリスエットを買った。



店から出るとすぐ、
買ったばかりのポカリスエット(500ml)を、
一気に飲んだ。


なんだか腹も減ってしまったので、
いっしょに買ったポテトチップス
こだわりの濃厚コンソメ味)を
バリバリとやりながら、
ずんずん進んできた道をとぼとぼと帰った。


けいさつ。


横にこられると、なんか、気まずい。



けれども、ああやって
パトロールしてくれているおかげで、
すごしやすい街になっているのも事実だろう。



学生のころ、
駅前で友人を待っていて。

なにかの「売人」と思われて
職務質問されたことがある。


ただ、たばこを吸いながら
立っていただけなのに。


テカテカ生地の
こげ茶色のウエスタンシャツ。
その背中に、金色の糸で、
でかでかと花の刺繍がしてあるのが
いけなかったのか。

細身のジーンズにエンジニア・ブーツ。
それがぼろぼろすぎたのがいけなかったのか。


それとも、
生まれ持っての「容姿」に
問題があるのか。



つい最近。

旅館に泊まるとき、
チェックインの記帳をしていて
最後に言われた。


「日本人の、かたですよね?」


冗談を言うふうでもなく、
あきらかに迷っている感じだったからこわい。


その旅館で、
朝、はみがきしようと部屋の外に出た。

誰もいないだろうと思って、
ガラガラの派手なスパッツに、
上はグンゼ(『快適工房』)の
丸首白シャツで。

そんな、まるでインチキ振付け師か
でたらめインストラクターのような
ぼくのいでたちを見て、
掃除中のおばちゃんが言った。


「おはようございます、いってらっしゃいませ」


いや、まだ出ないよ。
まだ「下着」だよっ。


スパッツに、長袖おじいちゃんシャツ。

掃除のおばちゃんの、
迷いのない、曇りなき
「いってらっしゃいませ」が
いつまでも耳に残った。



あるときは靴屋で店員と間違われ、
もののついででご婦人に靴を見立てたり。

あるときはお坊さんに間違われ、
おばあさんに深々と拝まれたり。


人間、9割が見た目、と言うらしいが。
この「見た目」というものが、
なんといい加減なものなのか。


ただひとつ言えるのは、
20代、30代と、年齢を重ねていっても、
けいさつが話しかけたく
なっちゃうような「見た目」だと。


どうやらそれは、確かなようだ。



< 今日の言葉 >

「えっ、マクロビって、
 まっくろ乳首の略じゃないの?」


2010/04/08

ヘルス・キャップ No.9






Health Cap(ヘルス・キャップ)。


そう聞いてピンとくる方は、
おそらくいないと思う。

いったい何のことか説明する前に。
あるおじさんの話をしたいと思う。



先日、某県のとある街で食事をした。
ギャラリーの方と、ぼくと、女の子がひとり。

3人で座敷に座って食事をしていると、
カウンターに座っていたおじさんが話しかけてきた。

そのおじさんは、ギャラリーの方と面識があるらしく、
酒に赤らんだ顔をほこらばせ、
機嫌よくこちらに体を向けていた。

注文を済ませて。
ぼくたち3人がジョッキを傾け、
わいわい話をしていると、
先のおじさんがイモ焼酎と空のグラスを手に、
座敷に上がってきた。


年齢は60代後半くらい。

白髪に銀のフレームのメガネをかけた、
細身のおじさん。

気づくとおじさんが、
いつのまにか仲間に加わっていた。

おじさんは、
見るからに酒に酔った雰囲気だったけれど。

おもしろそうだったので、
おじさんの話を聞くことにした。


おじさんは「芸術活動」をしている方らしく、
書を書いたり、「オブジェ」をつくったり、
いろいろ創作活動をされてきたと。

ぼくらに話して聞かせてくれた。


おじさんの「代表作」は、
マッチ棒を使ったオブジェの数々。
こんども、某施設に一作、寄贈するのだと話してくれた。

最近では、ショッピングセンターの広場で
「人間失格」という大きな書を書いたという話だった。

しばらくして。

酔いのせいもあってか、
おじさんの話の内容が繰り返しになってきた。

同じ話を3度4度と聞いて、
そろそろ飽きはじめてしまったので、
気になっていたことを聞いてみることにした。


おじさんのかぶっている紺色の野球帽。

「つば」の部分には、白いインクの手書き文字で
何やら文字が書かれている。


『Health Cap No.9』


いったい何のことか。
ぼくは、聞かずにはいられなかった。


「ヘルス・キャップ、ナンバー9って。
 その帽子、何なんですか?」


待ってましたと言わんばかりに。
おじさんが目を輝かせ、
帽子のつばに手をかけた。


それが、この「事件」のはじまりだった。


紺色の野球帽を脱いだおじさんは、
ぼくではなく、
同席していた女の子にそれを差し出した。


「ちょっと、かぶってみて」


彼女は言われるままに、
おそるおそる帽子を手に取り、
ゆっくりとその帽子を頭に載せた。


「この帽子、長生きするための装置なんだよ」


おじさんが、にやりと笑う。


「ゆっくりてっぺんを押してみて。
 手で、ぐっとてっぺんの部分を」


彼女がそのとおり、
帽子の天頂部分をぐっと押す。
おそるおそるではあっても、確実な力で。
彼女が帽子のてっぺん部分をじわじわ押していった。


「あれ、何もこない?」

おじさんが、やや顔をくもらせた。


と、異変を感じた彼女が帽子を脱ぎ去り、
頭のてっぺん部分に指先を這(は)わせた。


「なんか、ブチっていった」


彼女が真顔でぼくに言った。


「穴が空いたかもしれない」


「穴っ?」


そう聞き返した次の瞬間、
頭のてっぺんを触れた彼女の指先が、
ぼくの目の前に突き出された。


3本の指先。


3本ともが、
第一関節までべっちょり
血に染まっていた。


一瞬、意味が分からなかった。


ぼくも、彼女も、
血に赤く濡れた指先を、
答えでも探すかのように凝視した。

見ると、
帽子の裏側には画鋲(がびょう)が付いていて、
かぶると頭に刺さるようになっていた。


ちょうど頭のてっぺん。

帽子のポッチの裏側部分に、
画鋲がボンドで貼付けられていた。


おじさんの話では、
それが頭を刺激して、
丸まった背筋が伸びるとのこと。

背筋が伸びれば、寿命も延びる。

画鋲と背筋の因果関係については、
ぼくの頭ではちょっと理解しきれなかったけれど。

いつでも背を高くして、
姿勢を伸ばして歩けば健康になるというのが、
おじさんの持論のようだった。


彼女はその野球帽を、
「いたずらグッズ」のようなものに思っていたらしく、
かぶると電流がビリっと流れる仕組みだと
勝手に思い込んでいたそうだ。

電流がなかなか流れないので、
あれ、おかしいなと思いつつ、
どんどん力をこめて、
てっぺん部分を押していったのだという。


・・・彼女の思い込みも、
   それはそれでよく分からないのだけれど。


とにかくその思い込みせいで、
思った以上に血が流れた。



おじさんも、ちくりとなるだけで
流血するとまでは思っていなかったらしい。



この、ヘルス・キャップ。

聞くところによると、
いろいろな人に配ってあるらしく、
現在、「実験段階」なのだという。


ナンバー1からナンバー10まで。
10個のヘルス・キャップがあちこちに配られている。

おじさんの近辺の知り合いの「老人」が、
ヘルス・キャップの「モルモット」として
生活しているらしいのだが。

なぜ、おじさんの帽子が
「9番目」なのかという問いに対しては、


「たまたまそうなっただけで、意味はない」


という、
意外性あふれる肩すかしが返ってきた。



ヘルス・キャップ。


別名「鉄片野郎(てっぺんやろう)」。



おじさんは、この実験結果について、
いつか論文を書いて学会に発表するのだという。


ほかにもおじさんは、
「内蔵体操」で体の循環をよくする方法や、
疲れたらすぐ横になって休むことで、
「重力フリー」の状態になって
健康(長寿)になるといった話など、
おもしろい話を聞かせてくれた。

そしておじさんは、
決意表明のような感じでこう言った。


「これからは、老人を相手にアートをする。
 鉄片野郎で老人を痛めつけるのがアートなんだ」


かつておじさんは、
ジーンズの糸を解いて
曼荼羅(まんだら)をつくったことがあるそうだ。

40センチ四方ほどの小さな曼荼羅だけれど。
糸と台紙との接合には、
ボンド(木工用の白ボンド)を使ったということだ。

(ちなみにその曼荼羅は
 『ケントのDo You Know?』という番組で
 紹介されたそうだが。
 ぼくはそのティービーショウのことを
 I Don't Knowだった)


写真を見た限り、
マッチ棒の作品群も、
おそらくボンドで接合されているように思う。

ヘルス・キャップの画鋲も、
木工用ボンドで接着されていたくらいだから。
たぶんマッチ棒の作品も、
木工用のボンドでくっつけてあるのだと思う。

おじさんの活動内容や幸福論はむずかしかったけれど。

どうやらおじさんは、
木工用ボンド好きらしいということが、
ぼくの印象に強く残った。









< 今日の言葉 >

ちょっと腐ってる 頭がちょっと腐ってる
ちょっと腐ってる 心がちょっと腐ってる
ちょっと腐ってる 体がちょっと腐ってる

(『ちょっと腐ってる』/
  ある日の夜に思いつきで口ずさんだ歌)