2009/06/03

灰色の粉とドングリ社長


「無題(2011,August.3-1)」(2011)



先日、額をつくるための材料を買いに、
ホームセンターへ行った。

木材を選び、工作室に向かう。

この工作室では、木材のカットや加工ができる。
道具を借りることもできるし、
有料で加工もしてくれる。

パネルソー(木材を切断する大型の機械)で
材料を切ってもらいたくて
店員さんの姿を探していると、
えらくにぎやかな音が聞こえてきた。


それは、やむ気配もなく、
リズミカルにずうっと続いていた。


機械の音は、何か「無理」があると、
悲鳴のような雑音が混じる。

聞き慣れないその音の正体は、
丸ノコで塩ビパイプを切断する音だった。


男性は、手慣れた感じで躊躇なく、
ばんばんと塩ビパイプを切断していく。

つい最近、学校の木工室で、
アクリル板を切断するために、
木工用の刃を外して「アクリル用」の
刃に替えているのを見た。

そのせいもあり、
丸ノコの上に分かりやすく貼られた
注意書に目がいった。


『この機械は木工専用ですので、
 木材以外の材料は切らないで下さい』


僕の視線に気づいたのか、
塩ビパイプをばんばん切り続ける男性は、
一瞬、面倒くさそうな顔をした。

けれど、やめるどころか、
心持ち作業のスピードを上げたようだった。

男性は、
6月なのに分厚いフリースの
ジャケットを着ていた。

白いワイシャツの上にフリースを羽織り、
グレーっぽいスラックスを履いて。
何となく、全身灰色っぽい感じだった。


その姿は、まるで『モモ』に出てくる
「時間銀行」の行員みたいだな、と思った。


2メートルのパイプに巻き尺を当て、
サインペンで印をつける。

そして丸ノコの台座に置き、
33センチずつにガンガン切り続ける。

ものの5分ほどで、
カートのカゴはいっぱいになり、
12本の塩ビパイプが72本の部材に変わった。

最後の1本、12本目のパイプを切るとき、
どこかの工務店の社長風の男性が現れた。


白髪で、てっぺんの禿げたその男性は、
かなり日焼けしているような感じで、
ドングリみたいにつややかな肌をしていた。


「ほほぅ、早いなあ! もう終わりか」


と、驚きの声を上げながら、
社長風の男性が作業を手伝いはじめる。

・・・といっても、
丸ノコで切られる塩ビパイプを手で押さえ、
切れたそばからカートに放り込もうとするので、
フリース男性は、作業がしづらそうだった。

塩ビパイプの寸法や本数も、
社長風の男性が大きな声で確認したため、
分かったことだ。


作業が終わると、
フリース男性は、灰色っぽい服装の上に、
さらに塩ビパイプを切ったときに出た
灰色の粉をまとって、
全身灰色だらけになっていた。


ただでさえ静電気の起こりやすい塩ビの粉と、
帯電しやすいフリースのジャケット。

ものすごく「相性のいい」組合わせに、
払っても払ってもなかなか粉が払えず、
結局、社長風の男性にせかされてその場を離れた。


僕は、そのさまをじいっと見ていた。

もうひとり、その光景を悲しげに、
じいっと見つめている人がいた。

工作室を担当する、
ホームセンターの店員さんだ。


店員の男性は、
見るからにやさしそうな感じの人で、
眉をハの字にしたまま押し黙り、
悲しげな顔でそれを見ていた。

切ってもらいたい部材の寸法を伝えると、
悲しげな顔のままの店員さんに聞いてみた。


「あれって、木工専用ですよね?」


「・・・そうなんですよ」


店員さんは、眉をハの字にしたまま、
少しだけ表情をゆるめた。


「せっかくサービスでやってるのに。
 ああいうお客さんを見ると、悲しくなります」


「塩ビなんて切ったら、刃が、
 ボロボロになるんじゃないですか?」


「はい・・・。メンテナンスも、
 大変なんですよ」


店員さんは、肩を落として
丸ノコに視線を投げかけた。

そこには、切り散らかした
塩ビパイプの端材と粉が、
嵐が直撃したあとの市街地みたいに
散乱していた。


「けど、聞いてくれて
 ありがとうございます」


店員さんの曇った顔が、ようやく和んで見えた。


「聞いてもらったおかげで、
 少し、すっきりしました」


切り終えた部材をまとめながら、
店員さんがぽつぽつと話しはじめた。

注意すると逆に怒ってくるお客さんがいることや、
「いままでよかったはずだ」とか
「ずっとやってきたから」とか
開き直るお客さんがいること、など。

愚痴というより、悲しい実情を、
淡々と語っている感じだった。


塩ビパイプの話に戻って。


「それにしても、手慣れた感じでしたね」

と少し苦笑いしながら言うと、

「そうですね・・・。せめて聞いてから、
 機械を使ってもらえるといいんですけど」

と、店員さん。


「えっ、聞かずに、
 勝手に使ってたんですか!?」


「はい・・・」


僕が先輩、または上司なら、
「しっかりしなさい!」と
背中をはたくところだが。

店員さんは、
やさしそうな目をしばしばさせて、
僕の部材のレシート(内訳)を記入している。


「聞いてくれて、
 本当にありがとうございました」


最後にもう一度、店員さんが繰り返し言った。

それを聞いて、
よほどモヤモヤしてたんだろうな、と思った。

お礼を言われるほどのことを
したわけではないけれど。
店員さんの気持ちが晴れたのなら、
それは嬉しいことだ。


記入してもらったレシートを持って、レジへ行く。

会計の途中で、木材の加工代金が
入っていないことに気づいた。

1カット30円。

5回はカットしたと思うが。
カット代金が記入されていなかった。


つまり「サービス」だったのだ。


別に、お礼のつもりではないかもしれない。
話に夢中になっていて、
ただ単に忘れただけかもしれない。


けれども。


僕は、店員さんの
「気持ち」だと思うことにした。

そっちのほうが、何となく嬉しいからだ。



ホームセンターからの帰り道、
先ほどの社長風の男性を見かけた。

彼は「モペット」
(自転車と原付が一緒になった二輪車)に乗って、
ポコポコと坂をのぼっていた。

坂をのぼり切っても、速度は上がらない。
古くてスピードが出ないのか、
それとも安全運転なのか。

えらくのろのろとしたスピードだった。
そのせいで後続の車が「イライラ」していた。

信号が赤に変わり、直進車が停まる。

すると、社長風の男性は、
にわかにモペットのエンジンを止めて、
ペダルをこぎはじめた。

「バイク」から「自転車」へと
変身した社長風の男性は、
横断歩道を右へと渡り切り、
歩道を横切るとすぐまたエンジンを始動させた。


「自転車」から「バイク」に戻った
社長風の男性は、
車の間を縫うようにして右折帯へ進み、
あっというまに右折して走り去っていった。


またしても「手慣れた感じ」で。


停まったはずの赤信号で、
そのまままっすぐ行くのと
同じ進路へ進んだ、社長風の男性。


ようするに。

「合法的な感じで信号無視をした」

・・・というわけだ。


バイクから自転車、
自転車からバイクへと「変身」を繰り返しながら、
のろのろとしたスピードで、
誰よりも早く進む社長風の男性。


その「たくましい」姿に、
僕は思わず、声を上げて笑ってしまった。



< 今日の言葉 >

ルール破っても まあ まあ
マナーは守るぜ まあ まあ

(『緑のハッパ』/ザ・ブルーハーツ)