2009/05/27

ブロック体


高校2年のころ、H先生という英語の先生がいた。
この先生が、ひどく風変わりな先生だった。

生徒からは一目置かれているのか、
それとも単に距離を置かれていたのか、
それは分からないが。
とにかく「畏(おそ)れられていた」存在だ。


H先生の第一印象は、というと。
まず初めに思ったのは、「やせたチンピラ」といった印象だ。

やせた「チンピラ」。
そう見えるのも、目鼻立ちがしゅっとしていて、
クールな顔立ちをしているからだろう。

一重で切れ長の目、まっすぐに通った鼻梁(びりょう)、
やや薄い唇と、細面(ほそおもて)の輪郭。
僕の個人的な分類では「男前」の部類に入る顔立ちだ。

けれどもやはり、
「チンピラ」というイメージよりも先に、
何よりまず「やせた」という印象が、強烈に飛び込んでくる。

そのやせ方も、細身とかそういった話ではなく、
まさしく「ガリガリ」なのだ。
やや毒舌気味の、生物の先生は、
修学旅行時に教師どうしで風呂に入ったときの印象を、こう語っている。

「ガイコツかと思った」

生物の先生も、H先生の裸を目の当たりにしたのは
このときが初めてだったらしい。
湯船にぷかぷかと浮かぶガイコツ。
たしかに毒舌気味の先生ではあるが、
まんざら言いすぎではない。

白いワイシャツは、本来あるべき肩の部分が両腕側に落ち、
腕のボタンを外してまくられている。
カーディガンなどを羽織ったときも同じだ。
誰か、体の大きな人の服を借りて着ているような感じで、
洋服ばかりがやけにダブついて見えた。

ズボンも同じで、スーツ下のズボンのウエストを
巾着袋のようにぎゅっと絞り、
無理矢理ベルトで止めているようだった。
そのベルトも、かなり手前の箇所に
自作の穴をもうけて何とか留めているといった感じだった。

これも同じく、生物の先生の弁だが。

「あいつは風俗で性病をもらってきた」

とのことだ。
その真偽は不明だが。
実際、H先生は「甲状腺肥大」という病気を患っており、
甲状腺ホルモンがばんばん出っぱなしになっている、と。
平常時、ただ教壇の前に立って話している状態でも、
全速力で走っているのと同じくらいの心拍数なのだと聞いた。
つまり、「いつでも走っている状態」なのだ。

かつてはスポーツ好きだった「好青年」が、見る影もなく、
「走り続ける」体のせいで、食べても食べてもどんどんカロリーを消費していくばかり。
そして、体重が激減。
身長173センチで体重43キロ。
それ以下とも聞いた。
いまにして思えば、
立っているだけでも奇跡のような状態だったのかもしれない。

そのせいで、指先はふるえ、声もふるえる。
ただ、英語(授業)に対する熱意には、
まじりっ気がなく、まっすぐなものだった。
当然、授業への取り組み姿勢も厳しくなる。
水を打ったように、しいんと静まり返った教室内には、
H先生の、ややビブラートの効いた声と、ノートに走る鉛筆の音ばかりが続いている。

誰ともなく、「この授業はヤバい授業」という空気を読み取り、
誰もがそれに迎合する緊張の時間。
おしゃべりのやまない僕も、
さすがに話し相手を探すまでもなく、黙って授業に集中した。
進学校の中でも、比較的「ゆるめ」のクラスにいた僕らにとって、
ひどくまれな時間だった静寂の授業。
長い、50分だった。


H先生はどこかつかみどころがなく、
忘れ物や「粗相」をした生徒に対して、

「てめえ、ふざけんなよ! ナイフで刺したろか!」

と語気を強めて言う。
本気で殺意を感じるほどの、非日常性で。
そしてやや間を空けたあと、

「・・・これ冗談」

と、ぽつり付け足す。
生気のない顔色で無表情に言われても。
そんなの、ちっとも冗談に聞こえない。
いくら目を閉じ、肩をすくめてみせても、
言われた生徒の側には、
前半部分(「刺したろか!」の部分)の緊張感・恐怖感だけが手元に残り、
しばらくおろおろと落ち着かない気持ちで青ざめる・・・。
そのせいで、ときどき使う、

「では、ここの問題。申し訳ありませんが、いまからやっていただけますでしょうか」

といった感じの、やけに丁寧な言葉づかいまで、
妙な「すごみ」を持った。
とにかく、高校生の「ガキども」には、
脅威の存在だったに違いない。

そんなこともあってか、
生徒の大半はH先生のことを嫌っていた。
たとえ嫌いじゃないとしても、ほとんどの生徒が苦手としていた。

つかみどころのない、型破りな英語教師。
H先生は、誰にも媚びず、どこかひとりぼっちな人だった。
理不尽で大人げない理由や、
私情をからめて怒る先生がちらほらいる中で、
H先生は、筋が通っている気がしたのもあるが。
僕は、H先生が好きだった。

それを公言したり、好感を持っているそぶりを見せた覚えもないが。
魚心あれば水心、とでもいうのか、
なぜかH先生も、僕に好印象を持っていた(?)ような気もする。

学期末のテストなどで、
カリカリと真面目に回答欄を埋めているさなか。

「昨日よぉ、パチンコで3万スッてよぉ・・・。
 もう、ヨメさんがコレでなぁ」

と、ジェスチャーまじりに話しかけてくるものだから。
自然と「コレ」の部分で顔を上げてしまう。
(ちなみに「コレ」の部分では、
 人差し指を「ツノ」に見立てて「カンカンに怒っている」様子を表現)

「先生、ぼく、テスト中なんですけど・・・」

「おお、悪りぃ悪りぃ」

僕の席のすぐ前に置いたパイプ椅子に腰かけたかと思うと、
しばらくしてまた、

「ヨメさんがカンカンだったもんでな、昨日、晩飯がよぉ・・・」

と話が続くのだ。
それが得意科目のテストなら、話にもつき合える。
けれど、赤点必至の数学や物理などでは、
そんな余裕もない。
もちろん、H先生にそんな気づかいはない。
だから、数学や物理のテストの試験官が、
H先生じゃないことを祈るしかなかった。

どうしてなのか分からないが。
そんなふうに気さくに話しかけられる生徒は、
僕のほかに、ほとんどいなかったように聞いた。
生徒だけでなく、先生にも、
「おしゃべり」ができる相手は、あまりいなかったようだ。


ある日、
いつものように、H先生の授業が始まった。
ときどき授業の開始に遅れてくることもあったが。
そのときは多分、チャイムが鳴ってすぐに現れたと思う。

いつものように教科書を開き、
いつものように授業がはじまった。

けれど、その日は違った。

授業開始から20分ほどして、突然、
黒板に英文を書くH先生の手が止まった。

チョークを置く、硬質の音。

「悪りぃ・・・ちょっと横にならせてもらっていいですか?」

いきなりそんなふうに言われて。
また、いつものように「冗談」なのかと、
その真意を量れずにいた。

「しばらく横になれば、治るんで。本当すんません」

H先生は、言葉どおり、
そのまま地べたに横になりはじめた。
黒板と教卓のあいだ、
床より10数センチだけ高い、
ちょうどシングルベッドほどの大きさの教壇の上で。
H先生は、そのまま目を閉じ、じっと横たわっていた。

予想外の出来事ではあったけれど。
教室内は、相変わらずしいんと静まり返ったままだった。
普段の「英語の授業」と何ら変わらず、
静寂と秩序を保っていた。

何も言わず、じっと横たわったままのH先生。
押し黙ったまま、じっと座り続ける生徒の僕ら。
5分、10分、20分と、
時計の針が静かに時を刻んでいく。


このまま死ぬんじゃないか、と。
誰もがそう思った。


そして。
終業を知らせるチャイムが鳴った。

H先生は、じっとしたまま動かない。
廊下には、ほかのクラスの生徒たちがあふれ出し、
にぎやかな声が響き渡る。

休み時間のはずなのに。
不気味なほど静かで、誰ひとり席を立たない異様な光景に、
廊下から教室をのぞき込む生徒も出てきた。

5分ほど経っただろうか。

「先生、チャイム鳴ったんですけど・・・」

声をあげて聞いてみた。
返事がなかったらどうしよう。
そんな不安を抱きながらも。

「・・・おぅ、悪りぃ。休憩にして下さい」

思いのほか、しっかりした声が返ってきた。
H先生の声を聞くと、クラスのみんなは
ほっとしたように、それぞれに目的地へと散らばっていった。
心配そうに、先生をのぞき込む女子もいた。

「ここで、大丈夫ですか?」

僕の問いかけに、H先生は、目を閉じたまま答えた。

「おう。もうちょっとこのままいれば、大丈夫だから」

休憩時間、違うクラスの友人たちから質問攻めにあい、
ことの顛末を話していて。
あっというまにチャイムが鳴って教室に戻ると、
そこにH先生の姿はなかった。

自己診断のとおり、
何とか回復したH先生は、職員室に戻っていったらしい。


その後の英語の授業で。

「先日は大変失礼致しました。貴重な授業時間を無駄にしてしまって申し訳ありません」

授業の冒頭でH先生は、深々と頭を下げた。
それが本気なのか、冗談なのかは分からないが、
真剣な面持ちだったのは確かだ。

「遅れた分もあるので、今日は2倍のスピードでやりたいと思います」

こんな、よく分からない宣言にすら、
妙な説得力を持たせてしまうのが、H先生の魅力でもある。


黒板に、つらつらと英文を書きつづる。
書きはじめの位置に比べて、文末は、
すいぶん上のほうに上がっている。
斜めに並ぶ、いくつもの英文。
手のふるえもあって、決して読みやすい文字とは言いがたい。
それは、昨日今日にはじまったことではない。

けれども。

よほど読みづらかったのか、
Fくんが、真剣な口調で訴えた。

「先生・・・ぼく、筆記体よめません」

H先生が手を止め、ドスの利いた声ですかさず吠えた。

「ばかやろうっ、これ、ブロック体だぞっ!」

誰もが声をあげて笑いたかったはずだが。
みんな、声を殺してうつむき、必死で笑いを押しつぶしていた。


そんなH先生も、
僕らが3年になったころ、手術をした。
術後の経過もよかったようで、
みるみるうちに「肉」がついてきた。
骨ばかりだったH先生の体が、
健康的な肉をまといはじめると、
心なしか、笑顔が増えたような気がした。

教室内の、生徒の笑顔ではなく。
H先生の、冗談とも本気ともつかない、不思議な笑顔。
いまにして思えば。
H先生は僕らを試していたのではないかと、
そんなふうに思えてならない。

冗談なのか、それとも本気なのか。

魚心あれば水心。
そんな、気がする。


< 今日の言葉 >

「100年と言っても大した長さではない。おばあさんが3人続けば到達する長さだ」

(ジャン・リュック・ゴダール/映画誕生100周年のインタビューでの言葉)

2009/05/20

商売下手な人々


僕は、専門店が好きだ。
商店街の中にある靴屋、鞄屋、果物屋、そうざい屋など。
見ているだけで楽しくなる。

専門店には、見たこのとないような道具や機械があったりするし、
お店の人と話していると
「へえ、そうなんだ」と思うことが多々ある。

そんな専門店の人たちの中には、
商売があまり「上手ではない」人たちがいたりする。
商売上手の人も、気持ちよく買い物ができて好きだけれど。
商売上手じゃない人たちも、それと同じくらい好きだ。


先日、ある商店街で靴を買った。
『セカイチョー』の『パンサー』という青い靴で、
小学校のときに履いていた記憶がある。
おそらく、70年代後半から80年代にかけて全盛を迎えた靴だと思うが。
正直、ちょっと探していた靴でもある。

この『セカイチョー』の『パンサー』。

最初に見つけたのは、
店内のワゴンに山積みされたものだった。
古いせいか、ソールの接着部分が茶色く変色し、
靴の青い生地にまでそれが広がっていた。
そのため、新品にも関わらず300円で売られていた。
他の靴も、似たような理由で
すべて300円の値をつけられ、
ワゴンにごろごろと積まれていた。

そのときは、残念ながら履けるサイズがなかった。
いちばん大きなサイズのパンサーでも、
24.5センチしかなかった。

誰か、履ける人がいるかもしれない。
そう思って1足、買って帰ることにした。

店のおばちゃんと話していると、


「たしか、27センチがあったような気がするけど。
 いかんねえ、面倒くさがっとっちゃ。
 たぶん2階の倉庫にあると思うんだけどねえ・・・。
 こんなこと言っとるもんだでいかんのだけどねえ」


と、申し訳なさそうにぼやいていた。
僕がもう一足、1階の倉庫で見つけた『パンサー』の
『ソフトメキシカン/白』を買うと言うと、


「本当は1000円で売りたいところだけど。
 あんただったら、まあ、500円でいいわ」


と思い切って半額にまけてくれた。
さらには、


「無理して買ってない? 大丈夫?」


などと何度も心配げに聞いてきた。
最後、店のおばちゃんは、

「今度くるまでに27センチ、探しとくわね」

と言ってくれた。


2週間ほどして。
その靴屋にまた行ってみた。
夏のような暑い陽射しの日で、
軒先に分厚いテントシートが垂れ下がっていた。
そのせいでやっていないようにも見えたけれど。
中に入って「こんにちは」と言うと、
遅れておばちゃんがやってきた。


「覚えてる、青い靴のこと?」

と聞くと、

「ちょぉど今朝ねえ、片づけしとったら。
 28センチのが出てきたんだわ。
 あれぇ、誰だったかなぁとか思いながら、
 今朝、その靴をよけといたんだわ。
 ああ、ちょぉどよかった。
 本当にちょうど今朝、片づけして出てきたから」


と嬉しそうに言った。
ちょっと待っとってね、と言い残したおばちゃんは、
ほどなくして青い『パンサー』を持って戻ってきた。

28.0センチ。

欲しい靴があっても、
いつもデカ足に固唾を飲まされている僕にとっては、
すごく嬉しいニュースだ。


「できれば27センチよりも大きなサイズが欲しい」

おばちゃんは、
そんな僕の言葉を覚えてくれていたのだ。

あんまり嬉しっかたので、すぐに財布を取り出すと、
案の定、おばちゃんはこう切り出した。


「まあ、500円でいいわ。
 わざわざ買いにきてくれたんだから」


僕は、店にくる前から決めていた。
何と言われようが、1000円で買おうと。

「いいよ、1000円で買うよ」とお金を差し出すと、
しばらく遠慮したあと、ほっとしたような顔で笑った。


「本当にぃ? ありがとー。いやぁ嬉しいわぁー」


と乙女のような純真さで喜びを表現したおばちゃんは、
千円札を両手で受け取り、何度もお礼を言いながら、
何度も何度も頭を下げていた。
両手を合わせ、合掌までして。

お礼を言いたいのはこっちのほうだ。

物質的なことだけでなく、
いろいろな意味で、
1000円でも安すぎるくらいなのだから。


「ありがとうねえ、本当に。
 お父さんにも話しとくわね」


お父さんとは旦那さんのことで、
もっと言うと「天国の旦那さん」のことだ。
レジの横にも、その「お父さん」の写真が飾ってあった。


あとでその話をすると、知り合いの1人が、


「インドの神さまだと思ったんじゃない?」


と言った。

たしかにその日は、
シヴァ神やサラスバティが描かれた、
極彩色のインドシャツを着ていたし、
髪の毛は相変わらずチリチリ頭だ。
お金の代わりに「ビブーティ」が出てもおかしくはない。


けれども。


彼のひとことコメントは、
単刀直入で、おもしろすぎる。



さて。
また別の日。

骨董市のような出店に寄った。
商店街の一角にひしめく露店には、
一見「ガラクタ」のようにも見える
珍品や名品が、にぎやかに並んでいる。

お祭りのような雰囲気に引かれて覗いてみると、
どの店も、そろそろ
片づけに取りかかっているような時間帯だった。

時計を見ると午後4時すぎ。
もっと早くこればよかったな、などと思いつつも、
手前から順に露店を覗いてみた。

敷地内の、すみっこのほうにある1軒(?)の露店。
僕は、いわゆる「骨董品」よりも
「ガラクタ」が好きなので、
店先にちょこんと置かれたトレイや
箱の中身を物色していた。

ブリキでできた、
何かのフタのような「トレイ」を物色していて、
金色のネクタイピンを見つけた。

ラジカセの形をしたネクタイピンで、
『マイクロminic』という文字が
デカデカと書かれている。


ネクタイなど、ほとんどしないのだけれど。
年に1度、卒業式で締めることがある。
おもしろいデザインだな、と思って、手に取り眺めていると、
店の人が、片づけの手を止めて話しかけてきた。


「珍しいでしょう、それ」


「そうですね。これ、いくらですか?」


店の人は、彼より年輩の、
いかにも骨董商の主人といった風貌の男性に声をかけた。
主人らしきおじさんは、
片づけ作業をしながら、顔だけ向けた。


「800円でどう? それ、年代物だよ。
 これ、このラジカセが出たときの記念品だからね」


「800円? 高っ!」


骨董に不慣れで、ずいぶん気楽に見ていた僕は、
思ったままの感想を、そのまま声に出して言っていた。
すると主人らしきおじさんは、
片づけの手を休めてこちらに向き直った。


「本当は1000円から1500円くらいで
 売りたいところなんだよ。
 ねえ、800円でどう?
 800円ならカツ丼定食が食べられるからさあ」

先ほどよりもやや弱腰な感じで、
何やらお願いするような口ぶりだった。

キーホルダーやら角の欠けた小瓶やら、
錆びた鳥形の爪切りやらと一緒くたに、
何となく雑な感じに置かれていたので、
てっきり「ガラクタ扱いの品」のつもりで手に取った。

そんな思い違いで入った僕に、
800円は、少しばかり高かった。


「これ、何年代ですか?」

値打ちうんぬんというより、ただ単に気になった。

けれども、答えは返ってこなかった。
僕の投げかけた質問が相手にされず、
空中をふわふわ漂っていたような気がしたので、


「80年代かなあ・・・」


と、自分でぽつりと返事をした。
質問の答えの代わりに、店のおじさんが、
心なしか眉をハの字にしながら、
「ねえ、800円だよ。どう?」とか
「800円。もう今日も終わりだし」とか
いろいろなことを言っていた。

僕は、あれこれとたくさん
言葉を投げかける店のおじさんについていけず、


「800円かあ」

とつぶやくのがやっとだった。

そしてふとまた、素朴な疑問が湧いてきた。

「このラジカセ、どこのメーカーなんですかね?」

主人らしきおじさんは、じっと押し黙って汗を拭っていた。
最初に接客してくれた店の人が、
僕の手からネクタイピンを受け取ると、
少しして大きな声を上げた。


「あっ、ナショナルって書いてあるっ!
 ナショナルだ、これっ!!」


お手柄を発見したときのような勢いで、
嬌声(きょうせい)を上げ、
ネクタイピンを空に向かって高々と上げるその姿に。
僕はふと、『101回目のプロポーズ』で、
武田鉄矢が1円玉を見つけた場面を思い出した。

主人らしきおじさんが、
疲れたような声で、ぽつりとこぼす。


「ねえ、いくらだった買ってくれる?
 じゃあ、500円でどう?」


「500円かあ・・・」


この期に及んで、
50円とか100円なら、なんて言えそうにもない。


「お兄さんなら似合いそうだし。
 500円だったら、半値から3分の1だよ」


僕は、いろいろと楽しいやり取りをさせてもらったので、
500円でもまあいいかな、と思った。

500円なら、まあいいかなと。


「じゃあ、500円で」


ちょうど財布の中に、
500円硬貨が1枚入っていたのも気持ちがいい。
800円だと、1万円札をくずすことになっていた。

まあ、そんなのも「自分の都合」でしかないのだが。


「これでコーヒーでも飲んで下さい」


カツ丼の定食まではいかないにしろ、
お茶代くらいにはなっただろうと。
主人らしきおじさんに、そう声をかけたのだけれど。

返事は、なかった。

僕の声が聞こえなかったのか、
おじさんは忙しそうに、片づけ作業を再開した。

ラジカセ型の、金色のネクタイピン。


「このままでいいですか?」


と聞かれて「はい」と答えたことが悔やまれる。
もし断っていたら、どんな包装をしてくれたのか、
見てみてみたかった気もする。


骨董商のおじさんも、
無知でバカなお客に手を焼かされたのではないかと。
あとになって思った。
何だかちょっと申し訳ない気がしなくもない。
けど、僕が値切ったわけでもないので、
まあいいかなとも思った。



古着屋のお姉さんと話していると、革靴の話になった。
そして革靴専門の古着屋を教えてくれた。
何ひとつ買い物をしなかった僕に、
地図まで描いて教えてくれたのだ。

地図を片手にその店に向かう。
その店は、昔見た外国の絵本に出てくるような、
靴が壁一面ずらりと並んだ店だった。

靴屋の店員のお姉さんは、
がつがつ商品を勧めてくるようなタイプではなく、
こちらの要求に対してきっちり応えてくれる感じの人だった。
人の話をよく聞いて、よく笑う人だった。

彼女は最後まで、
靴にまつわるウンチクのような話は、一度もしなかった。

そして結局、ドイツ製のウイングチップを買った。
装飾の細かい、チョコレート色のウイングチップだ。


「ありがとうございました。またきてくださいね」

「古着屋のお姉さんに会ったら、ありがとうって言っといてください」

「分かりました。言っておきます」


靴屋の人は、裏表のない感じで笑いながら、
店の前まで僕を見送ってくれた。

靴屋だけに、足元を見るのが商売なのだけれど。
靴や足の形は見ても、
人の足元を見るようなことはしない。


みんな「商売下手な」いい人たちばかりだ。

だから僕は、専門店が好きだ。

個人の営む専門店には、
ややこしい決まりもルールもない。


個人店でなくても、
専門的な知識を持つ、専門店の人たちを、
僕は尊敬している。

みんな商売の枠を超えて、
商品」への思いがあるからだ。

商売下手ではやっていけないけれど。
お金儲けだけが上手くなるよりは、
下手なほうが、まだましかもしれない。



< 今日の言葉 >

『芸術は見えるものを再現するのではなく、見えるようにするものである』

(誰の言葉か忘れた言葉/「イエハラ・ノーツ」2008年June号より)