速さや確実さなどを選んで、乗り物に乗ることもある。
便利さ、快適さなど、「楽」を選んで乗り物に乗ることもある。
乗り物に乗る目的は、たいていの場合が「移動」にある。
より速く、快適に、目的地へと移動する手段。
普段、意識すらしていないかもしれないが。乗り物は、自分の足代わりになって、体を運んでくれる存在だ。
「移動」という「無駄な」時間を短縮するため。
時代の移り変わりとともに、より速く「移動」する乗り物が求められている。
観光地などへ行くと、そういった、本来の目的からはずれた乗り物もある。
「速さ」という意味では、むしろ時代の流れから「はみだしている」と言ってもいいだろう。
そんな「のりもの」で、まず最初に浮かぶのが、須磨浦山頂遊園(神戸市)のふもとにある『カーレーター』という乗り物だ。山頂までの傾斜地を「楽に」のぼることができる、2人乗りのカートのような乗り物である。
『カーレーター』という名前も、おそらくそこから(カート+エスカレーター)からきているのだろう。
乗ったのは、もうずいぶん前のことなのだが。
乗り降りする際には、カーレーター本体横に突き出た「ハンドル」をつかむよう、注意書きに記されていた。
まず、その「ハンドル」にやられた。
ネコ型ロボットの、ドラちゃんのシッポみたいな形の「ハンドル」。
それが、カーレーターの座席の脇から、にょきっと「生えて」いるのだから。
なんともかわいらしくて仕方ない。
事故や転倒防止のためにも。乗り込む際には、その「ハンドル」を握り、安全を確保しながら座席に着くのだ。
乗り込んで着席すると、長い坂が、ずっと続く。
車体は、傾斜に入ると、うまい具合に「水平」になる。
そのまま、ジェットコースターの、最初の上り坂のような緊張感が続くのだが。
ガクガクと揺れつつも、けっしてスピードを上げて急降下することはない。
ゆっくりした一定の速度をキープしたまま、山頂付近の「終着駅」まで進むのだ。
徒歩でのぼるよりは、ずいぶん楽で、歩くよりはいくぶん速く。
楽とか快適とか、そういったことは別にしても。
僕は、この『カーレーター』の存在が、いとおしくてならない。
ほかにも、賤ヶ岳(滋賀県)や大室山(静岡県)をはじめ、のどかなゴンドラを楽しめる場所はある。
江ノ島(神奈川県)にある「エスカレーター」も風変わりで面白い。
吉野山(奈良県)や湯の山(三重県)などにある「ロープウェイ」も魅力的だ。
新穂高(岐阜県)などは、ゴンドラが2階建てだったりする。
比叡山(京都府/滋賀県)や箱根の駒ヶ岳(神奈川県)などの「ケーブルカー」もいい。
スイスの高峰、ユングフラウ・ヨッホへと向かう電車は、ケーブルカー並みに急な斜面を、ずうっとのぼりつづけていく。トンネルをいくつか抜けると、外は一面、白銀の世界だった。
「バカと煙は、高いところが好き」
そんなおしゃれな言葉もあるけれど。
傾斜地をのんびりのぼる「のりもの」は、乗っているだけで楽しくなる。
知らない土地では、公共交通機関の「乗り物」ですら、思わず「移動」を忘れてきょろきょろしてしまう。
フランスの地下鉄では、めずらしくアナウンスが流れたと思うと、そのまま列車が車庫に入ってしまった。車掌に苦笑いされつつ。身ぶり手ぶりでうながされ、暗いトンネルの細い細い足場を、カニ歩きしながらホームへと向かった。
ニューヨークの地下鉄は、落書き防止のため、シートがつるつる滑る。
駅名のモザイクタイルの写真を撮っていると、ガタイのいい婦人警官に「NO!」といきなり怒られた。
カナダでは、各駅によって違う、駅名のモザイクタイルを撮っていても怒られなかった。
フランスの列車の駅構内には、物を売る人、楽器を演奏する人などがたくさんいた。
それは、イタリアや韓国でも、カナダでも、ニューヨークでも見られた。
僕にはそれが、お祭りみたいに見えた。
いつ乗っても、毎日、お祭りみたいににぎやかで、たのしかった。
記憶に残る、風変わりな「のりもの」のひとつに、ナイアガラ・フォール(カナダ)の「ゴンドラ」がある。
これは、ナイアガラ滝方面とミノルタ・タワーのある辺りとをつなぐ、「近道」的な乗り物だ。
近道なだけでなく、急な坂道をひいひい歩かなくても済む。
別に「近道」したくはなかったのだけれど。
その「ゴンドラ」の形を見て、僕は、どうしても乗りたくなった。
「まるで記念撮影でも写すみたい」
なんとも、ゴンドラの箱に並んだ座席は、集合写真を撮るときの「ひな壇」のような格好だった。
天井も壁もない、ほぼ骨組み丸出しのゴンドラ。
むき出しのゴンドラの、一段ずつ高くなった階段状の座席に、乗客みんなが同じほうを向いて座るのだ。
目の前に広がる名勝、ナイアガラ・フォール。
壮大な景色を見下ろす格好で、ひな壇パッケージ入りの乗客が下っていく。
とはいえ、思っていたより「速い」スピードでぐんぐん下って、あっというまに「終点」に着いた。
たしか、5ドルくらいは払ったように思う。
あっけないほど速く目的地に着いてしまって、景色はおろか、すてきな「ひな壇ゴンドラ」の乗り心地を味わう余裕もなかった。
そんなこんなで。
降りるとき、自然と「笑み」がこぼれる乗り物だ。
飛行機、船、電車やバス。
「のりもの」は、乗っているだけで楽しくなる。
電車やバスに乗りながら、窓の外を流れる風景を見ていると、少しずつ自分が洗いすすがれていくように感じることがある。遠くに行けば行くほど、自分が新しくなっていくような、そんな気がする。
普段、電車やバスに乗っているときにも、僕は、居眠りしない。
寝てしまうと、「のりもの」が楽しめないからだ。
最近では、本を読むことも少なくなった。
本は、家でも読めるけれど、「のりもの」は、乗り物に乗っているときしか味わえないから。
< 今日の言葉 >
【問】正しいものに丸を付けなさい。
・あ、「マイ箸」あるから。割り箸捨てちゃっていいよ。
・今日の服には、こっちのエコバッグのほうが合うから。
・環境のために、今日から息するのやめようと思うんだ。
・乗ったほうがいいよ。だってこれ、エコ自動車だから。