2008/05/30

知能テスト


小学校の頃、
知能テストが好きだった。

通常の授業時間を割いてやる知能テストは、
それだけで特別なもののように感じた。


知能テストの用紙。

それは、いつもの学力テストとは違い、
紙質も上等な感じで、
印刷されている文字や図が緑色だった。

『夏の生活』の青いインクでは、
気持ちも“ブルー”にしかならなかったのだけれど。
なぜかその特別な感じの「緑色」には、気持ちが盛り上がった。

何より、用紙に書かれた問題そのものが違う。

『このときの主人公の気持ちはどうでしたか』とか
『AとBの面積の和を答えなさい云々・・・』といった問題ではなく、
パズルのように楽しげな問題がずらりと並んでいるのだ。

積み上げられたブロックや、
順番を入れ替えられたゾウやキリンの絵、
バラバラに切り刻まれた三角や四角など。
見ただけでわくわくする問題たちが、
ホッチキスで綴じられた冊子の裏にも表にも、
ずっと続いている。


そんな楽しげな絵や問題が、
いかにも「テスト」といった感じの
真面目な顔つきで書かれているのだから。

なんだろう。

その異質さが、
禁断の果実のような魅力をかもしていた気もする。

先生や教室のおともだちが、
同じように真面目な顔つきで
背筋を伸ばしているのが不思議なくらいだった。


「始めっ」

の声とともに、ページをめくり、問題を解く。
丸くなる鉛筆の先も気にせず、次々と問題を解いてく。
この爽快感は、普段の学力テストとは比べようもない。


今思うに。


暗記ものが得意で計算問題が苦手な僕は、
パズルを解くという喜びを、
算数や数学で味わえなかったからだろう。


「やめっ」


という先生の声に鉛筆を置く。

まだ全部、解き切っていないのに。
まだ見ぬ楽しげな「パズル」を残したまま、
そのセクションは終了である。

早すぎる合図に、
後ろ髪を引かれながらもページをめくる。

次の問題へ移る前にある『例題』がまたたまらない。

期待感をあおる予告編のように、
僕の好奇心を手招きする。

そしてまた「パズル」を解いていく。


仲間はずれを探したり、
穴にはまる図形を選んだり。

開始と中断を繰り返しながら問題を解き進めていくと、
当然のように残りページが「薄く」なっていく。

これは、1巻から読み続けた長編マンガが
完結へと近づいていく、あの何とも甘酸っぱい気持ちに似ている。


そして最後の「やめ」の声がかかる。

楽しい、特別なテストはそこまでだ。


次は、いつあるのか。
決まった約束もなくやってくる知能テストは、
次の約束もしてはくれない。

鉛筆を置いて、
午後からは普通の授業へとまた戻る。



知能テストが終わって何日か経ったある日。
担任の先生に呼び出された。


普段からロクなことをしていない僕は、
どうせまた怒られるのだろうと、
先生の待つ職員室前の廊下に向かった。


「この前の知能テストのことだけど。
 あれ、ちゃんとやった?」


第一声、先生は探るように尋ねてきた。

どういう意味だろう。
“知能がらみの問題”ってことか? 

僕は心配になった。

どうやら先生は、
僕が「開始」や「やめ」の合図を無視して、
指示どおりにテストを進めなかったのではないかと
疑っている様子だ。

そんなことはしなかったと告げると
先生は少し黙って、僕に言った。


「検査の結果が出て、
 センターから問い合わせがあってね。
 この子、ちゃんと制限時間を守ってやりましたかって。
 そうじゃなきゃ、ちょっと驚きの点数がいくつか出てるって・・・」


たしかに後ろ髪は引かれたが、
いちばん前の席の僕はズルもせず、
目の前の先生の指示どおりに進めた。

そのことは、先生自身も分かっているようだったが。
驚きとも疑いともつかない、
何とも不思議な顔つきで首をひねっていた。

そしてそのあと二度と、先生は僕にその話をしなかった。


これは決して
自分が「天才少年だった」という自慢話ではない。


人間、集中力が鋭くとがると、
物事の動きがゆっくりに見えたり、
ほんの短時間にいろいろなことができてしまったりする。

僕の「知能テスト」も、ある種、
火事場のバカ力的なエネルギーが炸裂して、
僕を加速させたのだと思う。


好きなものには爆発的な集中力を発揮する反面、
嫌いなものには好奇の扉を閉ざしてしまう。

当時、今よりもっと好き嫌いのかたよりが強かった僕は、
今よりもっと集中力が高かった気がする。


天才少年ではなかった僕は、
クレペリンテストでは間違いばかりで、
集中力が続かなかった。

それはきっと、
録音音声で告げられる、
あの機械的な合図のせいだろう。


いや待てよ。


知能テストを必死で解いた僕は、
違う意味で「驚きの点数」をたたき出していた、とか・・・。


天才ではなく、
紙一重を隔てた、そっち側の意味で。



2008/05/27

あだ名


「箸休め」という言葉で急に思い出した。


高校生の頃、
ハンバーガーショップでバイトしていたときの“同僚”で、


『ハシパン』


というあだ名の男子がいた。


どうして『ハシパン』なのかと聞くと、


「パンを箸で食べるから」


だそうだ。

・・・今考えても、
何ともストレートで安直なネーミングだが。

果たしてそれがあだ名としてふさわしいのかは、いささか疑問である。




子ども時代のあだ名は、ときに残酷でもある。


骨折の影響だったか、鼻がやや平べったい彼は
『ぺっちゃ』と呼ばれていた。


スリッパに書いた名前の「こ」が、
行書のようにつながって「て」に見えたせいで『かて』くんと呼ばれたり。


眉毛をはさむように上下にホクロがある彼が、
『÷(わる)』というあだ名で呼ばれていたと。

友人からそんな話を聞いたこともある。



今にして思えば、
どれも“揚げ足取り”のようなあだ名で、
最初にそう呼ばれたときの気分はどんなだったか。

呼ばれた本人以外、その思いは想像もできない。

変なあだ名を付けた「名付け親」のことを、
少なからず恨んだかもしれない。

呼ばれるうちに、それが自分の“呼び名”になっていくのだから。


当時(といってもそれほど大昔ではないが)は
今より何もかもが「おおらか」で、
今では考えられないようなことが笑って許された風潮もある。

それでも。

大人になって、結婚して、子どもができて。



「父さんは昔、ドスケベ課長って呼ばれていたんだよ」


などと語り聞かせたりはしないだろう
(部長や社長でなくて、なんで課長なんだ、って聞かれたら困るし)。




人は、親しみを込めてあだ名を付ける。

「Daniel(ダニエル)」のことを『Dan(ダン)』と呼ぶように。

呼びやすさから短縮することもあるが、
それがそのまま親しみに変わるから不思議だ。



一人で歩き出すまでは

友達ができるまでは

ほとんどの名前はオヤジが決める

ニックネームは

他人が決める

(by 甲本ヒロト)



そのとおり。

ニックネームは「他人」が付けるのだ。


あだ名を付けられることで、
他人との関係が作られると言ってもいい。


それがどんな関係かは、何よりそのあだ名が語っているはずだ。



電子レンジのことを『チン』と呼ぶのも、
テレビのリモコンのことを『チャンネル』と呼んだりするのも、
れっきとしたあだ名だろう。


人は「電子レンジ」と呼ぶときよりも親しみを込めて、
電子レンジのことを『チン』と呼ぶのだ。


電子レンジで温めて食べてください→「チンして食べてね」

家の電子レンジが壊れました→「うちのチンが壊れてさー」

昨晩、電子レンジの夢を見た→「昨日、おれ、チンの夢見てよー」


ほら、どうでしょう? 

親しみがこもって、ぐっと距離が縮まって感じるでしょう。




ちなみに僕はリーダーと呼ばれている。


たいして引っぱるほどの内容でもないが。

その由来を話すのは、また別の機会に譲るとしよう。


2008/05/23

忘我

映画を観たり、本を読んだり、旅行に出かけたり。または音楽を聴いたり、料理や絵画に夢中になったり。どうして人は、わざわざそんなことに時間を割くのだろう。
それはある意味「無駄」なことでありながらも、決してなくしてしまうことのできない「無駄」。この「無駄」な時間があるからこそ、24時間×7日×52週という単位で刻まれる時間を有益に過ごせるのかもしれない。

映画や読書には、知識や疑似体験が得られるという魅力もある。旅行で知らない街に出かけたり、おいしい料理を作って味わったりすれば充足感もある。
けれども、そういった「結果」以前に、何かに夢中になっている過程そのものに魅力がある。
そう、人は「何かに夢中になりたいのだ」と。そんなふうに思う。

ふと、時間を忘れる瞬間。雑多な現実を忘れて没頭する瞬間。
意識的にも無意識的にも、こういう「忘我」の時間を求めているのではないかと、最近思った。
例えば。
昔のアルバムを見つけて、思わず見入ってしまい、気づくと窓の外が薄暗くなっていたり。入浴ついでに風呂掃除をするうち、思いのほか時間が経っていて、すっかり湯が温くなっていたり。
人それぞれ種類の違いはあっても、何かしら「時間を忘れる瞬間」はあるはず。マンガでも、靴磨きでも、買い物でも、時計を見て「もうこんな時間か」と内心つぶやいた経験って、ありますよね?

夢中になって“入り込む”時間。これは、もしかすると“無の境地”に近いのかもしれない。
時間や空間という軸を離れ、現実も、自分の存在もすべて忘れて・・・と、ここまで大げさに言う必要はないだろうが。その瞬間はとても「心地いい」。おそらく、ドーパミンやエンドルフィンなどの脳内麻薬がこんこんとあふれ出ているに違いない。それが脳を活性化させ、ひいては心や体に活力を与えてくれているのではないだろうか。

これは、専門的な知識も医学的な裏付けも何もない、あくまで独壇場の仮説でしかない。そんな研究も、学会では言い古された定説かもしれないけれど。先日、小さな木の塊を彫っていて、夢中になって彫り続け、実際そんなことを感じたのだ。
せっかく朝型(とはいっても朝9時半ごろ起きる程度)の生活に切り替わってきたのに。ほんの少し彫るつもりが、気づくと僕のハートはその一塊のナラの木にがっちり捕らえられ、完成像見たさについつい彫り続けてしまい・・・。そして時計を見て驚いた。朝の6時30分。たしかに窓の外は明るかった。けれど、あまりの時間の「速さ」に驚き、一瞬、何がなんだか分からなかった。
数秒間、呆然と口を開けて時計を眺めた僕は、また違った意味で「忘我」した。
「何やってんだ、おれ・・・」

・・・とにかく。すべてを忘れて夢中になれることは、いいことだ。
こんなことを、左脳的に考えているような僕はまだまだだろうが。夢中になれる時間と、夢中になれる「自分」があるのは、きっといいことだろう。行き詰まったら、一見「無駄」と思えることに熱中するのもいいはずだ。

忙しいとか、時間がないとか、そんなことを言う前に。たまには時間を忘れて、買ったばかりの『ゴマ塩』を選り分けてみてはどうだろう。塩が何粒でゴマが何粒かをそれぞれ数えて、白黒はっきりさせてみるとか。
これを「無駄」に終わらせなかった人は、無人島でも立派に楽しく暮らしていけるはずだ。

2008/05/19

もう一度、生まれました。

先日見た夢が忘れられない。

僕らは、古い小屋のような場所にいた。一緒にいたのは、高校時代の友人だ。僕らふたりは、何かにおびえるように身を縮めてかがみ込んでいた。
ガラス窓から見える風景は明るく、暗い倉庫のような室内がいっそう黒々として感じる。窓の外では、白い日差しの中、獅子舞のような面をかぶった真っ赤な集団が、列をなして練り歩いていた。風景の左から右へ、黙々と。
面をかぶっているのか、それともそれ自体が彼らの顔なのか。全身赤色に包まれていて、てかてかとしたその顔の質感は、まさしく漆塗りの獅子舞そのものだった。

突然、行列の先頭を歩く獅子舞男が足を止めた。
彼は顔だけをくるりとこちらに向け、ぴたりと立ち止まった。機械じかけのような、曖昧さのない動きだった。
彼の「目」は、面に覆われているのだけれど、あきらかに僕らを見据えている。
彼ら、獅子舞男たちは、どうやら“僕ら”を探していたようだ。

彼に見据えられた、その瞬間。
猛烈にへその辺りが熱くなった。熱風を吹きつけられたように、中からじわじわと熱さを増していく。
「あ・・・熱い」
声にならないうめき声を発しつつ。勢いを増していく熱さにこらえ切れなくなり、僕は水を求めるかのごとく、黒っぽい木製の床をはい進んだ。獅子舞男たちから、というより、その熱さから逃れたい一心で、辺りを手探りはい回る。

獅子舞男たちが徐々に間合いを詰めて近づいてくる。
友人は戸惑い、座り込んだままの姿勢で固まっている。
探し回っていた手が、何かに触れた。取っ手だ。床に「隠し扉」があることに気づいた僕は、友人に向かって大声で叫んだ。聞こえているのかいないのか。友人はじっと窓の外を見つめたままだった。
獅子舞男たちは、先ほどよりも近く、もう小屋のすぐそばまできている。
へその熱さは、全身を焼き尽くしてしまいそうなほど熱くなっていた。

取っ手に手をかけた僕は、勢いよく扉を引き開けた。
「こっから逃げられそうだ、早く!」
もう一度、友人に声をかけると、今度は気づいた様子で、小さくうなずいた。

床に開いた穴は、30センチ四方ほどの狭いものだった。僕は迷うことなく、穴の中に体を滑り込ませた。
中は、清潔な感じの白一色に包まれていた。壁面は柔らかく、湿り気を帯びているようにぬるぬるしている。縦に続く穴は、奥へ進むにつれてさらに狭くなっていく。肩を寄せ、全身をねじ込むふうにして進んでいくと、ゆるやかな傾斜を描きはじめた。
縦向きだった穴が横向きの「トンネル」に変わったころ、こわばっていた体の力を抜き、身を委ねてみた。
なだらかな滑り台を滑っているように、僕の体は、奥へ奥へと送り出されていく。

そのときふと、頭の中に浮かんだこと。
“ああ、僕はこれから生まれるんだな・・・”

そして僕は目を覚ました。起きたとき僕は、また「生まれた」のだと、そう感じた。


『夢辞典』(トニー・スクリプ著、相馬寿明訳/どうぶつ社)によると。
<へそ>は「自分への依存心、母親に対する依存心を表す」という。また「自己のもっとも深い部分が外の世界と接触すること」とある。
<へその近く>では「自分の要求のために他人に頼っている状態。母親に対する情緒的結びつき。誕生前の胎児期の生活を暗示する」のだと。

うーん、なるほど。<小屋>(子どもの頃の家族に対する感情。基本的で単純な関係を表す)に逃げ込み、隠れていた僕らは、<赤い顔>(怒りなどの強い感情の表れ)から逃れようと、<穴に入っていく>(無意識にある感情、衝動、あるいは恐怖との出会い。自己の側面との対決。子宮内の記憶。死、埋葬)。
<白>は「何かに気づくこと、澄みきった心、純粋さ、潔癖さ、心軽やかな気分」とあるので、僕は、
「“こわいひとたちにおこられるのがいや”で、誰かに依存して、居心地のいい場所に逃げ込んでいく。けれども、そんな自分と直面して、もがいて、そんで最後はなんだかさわやかな感じになってる」
というわけだ。・・・どういうこと、それ?

ちなみにドアの取っ手は「ペニス」を表すらしいが。「ある状況へのこだわり。性的なこと、あるいは他の事柄において変化が訪れるときを表す」ともある。ふむ、やっぱりフロイトは言うことがセクシーだ。

とにかく。僕はいま、大人の階段をのぼっているのかもしれない。
だったら、踊り場で足を止めて、時計の音を気にしている場合じゃない。
少女だったと懐かしく、思うときがくるはずだから。

2008/05/13

キリンのケトル

先日、雨の降る中、閉園を迎えるという某施設に行ってきた。
朝いちばんに出かけたのだけれど、開園前から長蛇の列ができていて、傘の花がずらりと咲き乱れていた。それもそのはず。閉園セールということで、園内のショップが半額から最大で90%OFFという価格で商品を販売するのだ。
まさかこれほどまでとは。軽く見積もっていた僕は、ビニール傘をたたみながら目を見はっていた。かくいう僕の目的は、閉園セールではなく、また別のところにあった。
その目的とは「記念メダル」を買うことだ。

記念メダル。みなさんはご存知だろうか。観光地や名所などに設置されていて、買ったあと、日付や名前などが刻印できるあれである(詳しくは『茶平工業』のHPをご参照あれ)。

無事にメダルを買うことができた僕は、少し園内の様子を見て回った。
ここが閉園してしまうのか。そう思うと、雨がまた妙な哀愁を彩っていなくもない。今までにも何度か、いろいろな遊園地や鉄道、観光スポットなどの閉園に「立ち会って」きたが。にぎわっていた場所が、諸事情によって閉鎖してしまうのはやはり寂しいものだ。タワーやロープウエイ、遊覧船なども、このようにしていくつも廃れてしまった。

さて。店舗が建ち並ぶ界隈へと足を向けると、閉園というイメージとはかけ離れた、お祭り騒ぎのような人だかりだった。身の置き場に困りつつも、見るともなしに、にぎやかな店内を縫うようにして歩く。たしかに安い。あまりの人だかりに、押され、落下し、壊れてしまった商品もあった。
人だかりから少し外れた場所に、外国人のカップルがいた。彼は、彼女に指輪を買ってあげたらしく、その真新しい指輪を彼女の薬指にはめ、白い歯を見せて笑った。彼女は嬉しそうに、彼の顔に頬を寄せて笑っていた。包装紙から見ても、とても高価な指輪には見えなかったけれど。二人はとてもしあわせそうで、見ている側まで頬がゆるんでしまった。

そんな中、雑貨が並ぶ店先で僕は足を止めた。アルミの柄の先に、青いスポンジがついたイタリア製のモップ。その名も『スーパーモップ』。なぜか心わしづかみにされた僕は、そのスーパーモップを手に、迷わずレジに並んでいた。
そこでも例外なく、レジ前は混雑していたが。それほど長い列でもない。そう思い、並んでいると、ゆるやかに列が縮まっていく。と、僕の横にいた若い男性が、僕の存在を無視するかのように前へと進んだ。
「おぉ?」
眉をひそめながらも、彼のあとに続く年配女性へ目を向ける。するとそのおばさんがぴしゃりと言った。
「ここ、列の後ろじゃないですよ。みんな、ずうっと外の方まで並んでるんですから」
何とも。間違えていたのは僕の方だった。これではただの「横入り」だ。
「そうなんですか。間違えてました」
肩をすくめた僕は、恐縮しながらもなぜかこんなことを口にした。
「あの、ここ、入れてもらえませんか?」
こともあろうに、そのおばさんの前を指して、である。自分でもなぜ、何の裏付けがあってそんなことを言ったのか分からないが。おばさんは少し考えるふうな間をあけて、視線をあげると、
「まぁ・・・、いいよ。入んなさい」
と、あきれたように目を閉じた。まるでわが子をたしなめる“お母さん”のような顔だった。
“割り込み”の僕は、そのおばさんに深々と頭を下げて礼を言い、列の途中におさまった。

そのおばさんは、ケトルと鍋、鍋つかみを手にしていた。キリン模様に、かわいらしいタッチで目鼻が描かれたケトル。同じくキリン模様の鍋と、ワニをかたどった鍋つかみ。目が合うと、質問をするまでもなくおばさんが答えた。
「これ、孫に買って行こうかと思ってね」
「かわいいですね」
「かわいいでしょ」と、おばさんはにっこり笑った。
そのあと、付け足すように、小さな声でぽつりと言った。
「・・・まあ、気に入らないって言われたら、私が使えばいいから」
おばさんは目を落として、キリンのケトルを見つめていた。
「喜びますよ、ぜったい」
僕の声に顔を上げるとまた、小さく笑った。とてもやさしい、おばあちゃんの顔をしていた。

そのあとも、ぽつぽつと話しながら順番待ちをしていて、ようやく僕の番がきた。横入りの僕は、レジに立つ前、おばさんに会釈した。おばさんは目を閉じ、こくりとうなずいた。
スーパーモップの会計を済ませた僕は、おばさんがレジに立つのを見て、もう一度お礼を言った。そこで僕は、おばさんと別れ、人ごみを抜けると、雨の降る屋外に出た。

横入りはいけないことだ。
けれども僕は、やさしいおばさんに許された。
やさしいおばあちゃんの、キリンのケトル。
このケトルは、お金じゃ買えない。

店を出ると、施設の関係者らしき人から頭を下げられた。行き交う人たちから向けられる困惑の視線。スーパーモップを手に歩く僕は、どうやら業者風に見えたようだ。
横入り男の僕は、一般客というカテゴリーからはみ出して、そのあと一日中、業者風、または「業者を装った不審な男」という目で見られた。赤いビニールジャケットに、緑の軍パン、そして青いスポンジのついたスーパーモップ。ガラスに映った僕の姿は、たしかに「枠」からはみ出していた。

2008/05/10

ラブ・シチュエーション

「広告はラブレターだ」
そう教わった僕は、ことあるごとに、この言葉を思い出す。伝えたいことを、相手に届くようにデザインする。視覚効果だけでなく、言葉を選ぶこともデザインのひとつだ。

デザインとは「思いやり」だということも少しずつ分かってきた。渡す相手のことを考えて、プレゼントやラッピングを選ぶ。これはもう立派なデザイン。デザインとは、何も特殊なことではなく、日常生活のすべてに応用できる「生活の知恵」のようなものだと考えれば、ちょっとしたことでも楽しくなる。それが個々のクリエイティブ、つまり個性につながるのではないかと僕は思う。

思いやり。それは自分を大切することにもつながる気がする。「情けは人のためならず」と。昔の人はいいことを言う。

いい関係を築いていくという点では、相手が人でも物でもそれは同じ。長年使い込んで自分の体(または生活)にすっかりなじんだ衣服や家具や道具などは、愛着を超えて、生活になくてはならない存在になる。
生活に必要な物を買うときには、まず、いい関係を築ける相手を選ぶことから始まる。長い目で見据えて、飽きはこないか、すぐに壊れてしまわないか、修理のための部品や業者さんがなくならないか・・・など。もちろん、選ぶ基準は人によってさまざまだろう。機能性や効率を重視する人もいれば、値段に重きを置く人もいる。なんであれ、選ぶことこそがデザインなのだから。手当たり次第、目についた物をカゴに入れていくより創造的だ。

ひとつのものを使い込む楽しさを知っている人は、それを失ったときの悲しみも知っている。当たり前さにすら気づかなくなって、あることが当たり前になりすぎた、そんなころ。急に壊れてしまったりする。また、そろそろ壊れるのかなと心配したり、頭のすみでふと「新しいの買わなくちゃいけないかな」などと思い始めたとき、まるでその空気を察知したかのように具合が悪くなったりもする。あれは何なんだろう。

人も、物も、そして絵画も。いかにしていい関係を築いていくか、という部分は変わらない。どれだけ密接に関われるか、どれだけの時間を親密に過ごせたか。単に関わった時間が長ければそれでいい、というものでもない。だらだらと集中力散漫な時間を過ごしたり、流れ作業的に時間を費やしていても、いい関係は成り立たない。
友人が絵を描き終わった際に、よく「絵との対話が上手くいった」などと言い表す。
そのとおり、“お互い”の対話、コミュニケーションが上手くいっていれば、見た目にもそれが伝わってくる。
画材や技術にしても、歳を重ね、お互いの信頼関係が深く築き上げられたなら、瞬間的な、会話(手数)の少ない関わり方でも十分表現として深みが出てくるはず。名匠の腕による一本の線は、百の言葉よりも多弁だったりする。

未熟な僕は、まだまだたくさんの言葉に頼らなければならないらしい。
だからこうして、夜な夜なひとりごとをつぶやいているのだろう。
なくても生きていけるようなものをかき集めて。
また今日も、“無駄”を承知で「観光地記念メダル」を買ってきた。

デザイン力のない僕は、無駄がいとおしくて仕方ない。

2008/05/05

子供どもの日


昔、友人がこう言っていた。

「俺は5月5日生まれだから、ずっと大人にはなれないんだよ」


5月5日はこどもの日。

小さいころ、
よろいカブトの横に飾ってある切れない刀を振りかざし、
ここぞとばかりに姉を追い回していたことを思い出す。

何をやっても姉には勝てない。
つねづねそう思っていたせいだ。


鯉のぼりの中では「ふきながし」が好きだった。
まったくもって、コイでも魚でもない存在だったけれど、
色とりどりで、ひらひらしていてきれいだからだ。


そして先日。

リサイクルショップで、
ブラジル人らしき若い男性が、
ガラスケース入りの五月人形(金太郎)を手に、
レジへと向かっていた。

彼にとってはおそらく、
異国の文化の詰まったその人形が、
魅力的に映ったのだろう。

が、すぐさま彼女らしき女性が彼を呼び止め、
早口でまくしたてた。

多分、こんなやりとりだったのではないかと推測する。


女:「何なのそれ? そんなのいらないでしょ。やめてよね」

男:「いいだろ、カッコいいじゃないかよ」

女:「本気で買うつもり? 冗談でしょ? 早く置いてきてよね」

男:「だってこれ・・・」

女:「いいから早く」

男:「・・・・・」

(男、五月人形をちらりと眺めたあと、
 渋々と重い足取りで、元あった場所に返しに行く)


国籍も人種も関係なく、
男はどこか子供じみていて、女は堅実でしっかりものだ。


こどもの日を前にして、
“こども”とはいったい何歳くらいまでをいうのか考えた。


おそらくこれは個人差のあるもので、
一概に何歳という年齢では測れない気がする。

ならば、発毛や声変わりがその節目か。

・・・どうも違う気がする。

恋をして、苦い失恋を味わった時からか。

・・・これもしっくりこない。

じゃあやっぱり、成人式を迎え、
成人としての自覚が芽生えた時からなのか。


社会に出て、思ったことがある。

それは、一般に「成人」と
呼ばれるようになったからと言って、
その人が「大人」とは限らない、ということ。

意外に「おとな」が
大人ではないように思えた場面が多くある。


10代前半の頃には、
大人というものはもっと「大人」だと思っていた。
近所の1コ上のお兄さんも、
小学4年生の時に見上げていたサッカー部のキャプテンも、
もっともっと「大人」に感じたのに。

今現在、自分より10や20歳上の「先輩たち」が
大人らしく感じられなかったりするのはどうしてだろう。


逆に、いわゆる「子供」とは
どういう存在かということも少し考えてみた。


子供は、明日のことを考えて、
早く寝たりはしない。
温存するということはしない。
今、目の前のことに集中する。

子供は、
気に入ったものをケースに入れて飾ったりせず、
ガンガン使う。
壊すつもりはもちろんないけれど、
壊れることも気にしない。
そして、壊れたら思いっきり悲しむ。

子供は、見えない世界で、
見えない相手と遊ぶことができる。
公園が宇宙になったり、
透明のミサイルをよけたりする。

自分の世界の“ルール”を真剣に守る。
車輪止めのコンクリートブロックから落ちると
「1まんおくめーとる下のたにぞこ」へと転落する場合もある。

子供は「ありがとう」や「ごめんなさい」が素直に言える。


こんなふうに、例を挙げていたらきりがない。
答えはあっても、正解はない。


結局のところ、
簡単なことをややこしくするのが大人だと。
そんなふうに思う。


僕自身はれっきとしたオトナなので、
ちゃんとはみがきもしたし、ひとりでトイレもいけるし、
おばけなんかこわくない。

だから僕は、明日は休まず営業します。